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月に吼える | |||
(7)燃え尽く流星 | |||
肩まで差し上げられた自動式拳銃(オートマチック)の銃把(じゅうは)から滑り出した弾倉(カートリッジ)が、音もなく燃え上がって虚空に消える。未だ硝煙の上がる銃口は終わりのない暗黒のように、クロウと、クロウの背後で身悶えているそれを睨み、手品のような唐突さで黒手袋の中に出現した新しいカートリッジを飲み込んで、次の咆哮を待っていた。 「外殻は俺の受持ちだ」 芯と厚みはあるがやや抑揚に乏しい声でそう呟いたギャガが、停滞ない歩みを開始する。その目標は湖面に顔を覗かせた「メドーサ」だったが、クロウは、もしかしたらあの銃口は自分に牙を剥くのかもしれないと思った。 もしかしたら、そうなる事をどこかで望んでいるのか? ただ滅びる……消える……瞬間を何も出来ずに待つのなら。 この夜に。安らがない胸の奥を抉られ。 (……ばか…ばかしい…) 夜気にアテられているのか、胸に沸いて上がった「メドーサ」とは全く無関係な思考に失笑を吐き付けて、目を逸らす、クロウ。大義名分を振り翳して「こころ」から気持ちを引き剥がせば、疼くような喉の痛みを忘れられるだろう。 喉の痛み。本当はもっと奥の。もっと深くの。もっと真ん中の。 突き刺さる。 「……下がれ」 呟いて行き過ぎるギャガを追いかけるようにゆっくりと振り返ったクロウは、その、おぞましい魔物の姿をついに捉えた。 それは、「メドーサ」。人間の死体に取り憑き、その人間の怨みを晴らそうとする異形。ゲヘナの「御魂」。
「ああああああああああああああいいいいいいいいいいいしいいいいいいいいてるわあああああああああああああっ!」
生々しく躍動するピンクの固まりが金切り声を発するなり、水面を弾いて垂直に跳躍する。元々デタラメに構築される魔族の肉体に理由などないと判っているが、人間の部位、その原型を保ちつつも無秩序に縒(よ)り合わせた「メドーサ」の姿は、何度見ても生理的嫌悪を覚えずにはいられない。 「にいいいいいいげぇえええええええないでええええええええええええええええええ!!」 粘質の分泌物を全身から四方八方に撒き散らしつつ、肉玉が回転する。直径三メートルはあるだろうピンクの固まりが中空でくるくる回る姿は滑稽でもあり、それよりも異常だった。 「いひひひひひひひっひひひいひひっひひっひいひひひひひひひひひひひひひひ!」 肉玉に埋没した若い女の顔が、開き切った口から涎を垂らして笑う。 顔は、回転する球体の只中にぽつんと存在していた。だらしなく歪んだ真っ赤な唇につんと上を向いた小さな鼻に、忙しくぐるんぐるんと左右別々に動く眼球。眉毛はあるが毛髪はなく、代わりに、腕…。 腕と足。だらりと伸び切った乳房。それから、ざらついて疣だらけのぬめった舌が、滅茶苦茶に、幾百も頭から、顎から、耳の後から生え、生え、生え尽くして、それらが複雑に絡み合い、捻れ合い、結び合い、肉色の巨大な球体を模(かたど)っている。 これは、異界の魔物。ゲヘナの常識。 だからこれは、ヴァルハラの正常に沿わず、ホロスコープの理を無視する。 水面を叩く粘着質な体液を掻い潜り、黒に銀の残影が回転する肉玉に迫った。 「そばぁにきてぇぇぇえええええええええええっ!!!」 絶叫が濁った夜気を振るわせ淀んだ湖面を放射状に波立たせた直後、それさえ生き物のように粘つく泥水を跳ね上げて、ギャガは肉球の真下に転がり込んだ。 号砲が静寂を求める闇を引き裂く。 真下からの突き上げるような銃撃に身悶えた「メドーサ」の巨体がぎくりと跳ね上がって回転を緩めるなり、ギャガは色の薄い瞳で肉の塊を見上げ、微かに、薄い唇の端を持ち上げた。 笑っている。 滑稽な下位魔族を、不死者の王は笑う。 透明な隻眼で。 紅色の…単眼で。 闇に暗く輝く薄蒼い光が「メドーサ」からクロウに流れた、瞬間、彼女は鮮やかな橙色の髪で光の尾を引きながら、泥に塗れるのを覚悟で横に飛び退き水際を数回転がった。荒ぶる女神が斑に汚れつつも距離を取り、弾けるように跳ね起きるまでの数瞬、腰まで水に浸かったギャガの右手に光る銀の塊が、数え切れない程大量の弾丸を「メドーサ」に吐きつけて吼える。 十一連装自動式拳銃。打撃系重量級の戦斧(せんぶ)や有効範囲の広い槍、鎌、に続いて使用者の多い銃の中、もっともポピュラーなハンガー装備と言えるカートリッジ方式の拳銃。しかし、他の武器と違って携帯出来る弾丸に限りがあるため、単独のハンガーが使用している事は稀だ。 だが、「有限」がこの男にどれだけ無意味なのか、クロウは知っている。 十一発の弾丸を「メドーサ」に突き刺した直後、ロックを指で弾いたギャガが、軽く手首を振って空の弾倉を空中に滑り出させる。するりと姿を現したそれが不意に燃え上がった黒い魔法陣に飲み込まれて消えるのと同時、彼の左手には既に新しい弾倉が握られており、魔法陣が消えるまでの瞬き一回でリロードは終了していた。 掌で叩くようにカートリッジを戻し、斜め前方に弾かれて悲鳴を上げながら湖畔の泥に激突した肉球に追随しまたもありったけの弾丸を吐き付ける。純白の銃口炎(マズルフラッシュ)は瞬く暇もなく激しく燃え続け、銃身から飛び出した薬莢は絶え間無く湖へと没した。 「いいいいいいやあああああああっ! や、や、やさしくしてえええええええええええっ!」 泥を蹴立てて転がる「メドーサ」が涙声の悲鳴を放つ。滅茶苦茶に絡んだ肉色の胴体に鮮血が咲くたび、振り回されて地面に叩きつけられている手や足が千切れ飛んであちらこちらに撒き散らかされた。 「来(こ)よ、詠え! 天子の御魂」 大幅に詠唱を省いて大気を漂う天子を呼び集めたクロウは、ぬかるみに足首を突っ込んで一歩踏み込み、左から右へ大鎌を空振りした。それでも、刃にちかちかと瞬く燐光は無邪気に詠いながらクロウの手元を離れ、「メドーサ」から切り離されてのたうつ手足や舌、まるで別物のように見えるしぼんだ乳房に食い付いては、高らかに残酷に、神を称える歌を詠う。
あああああういいいいいいいあああえやああああああああおおおおおおおおああああおおおおおおおおん。
いじわるうううううううううううしいいいいいいいないでえええええええええええ! やああああさあああああああしいいいいいいいくううううううううううしいいいいいいいてええええええええええええっ!!
凝った大気を二種類の声が掻き混ぜる。ぶつかり合う音と音は急落して水面に弾かれ、またぶつかり合っては可聴領域を越えた大騒音となりナコンの湖に渦巻いた。 しかしその、全ての音を引き裂き叩く破砕音。 悲鳴を上げて転げ回る「メドーサ」。追い立てる闇より暗い残影の手元で瞬く真白い炎が吐き出す銀の弾丸は、軟体動物のようにうねる手足を抉り飛ばし、確実に「メドーサ」の外殻を痩せ細らせているように見えた。 ぼいん。と泥から顔を出した岩に激突して肉球が跳ねる。 「ああああああははははあああああああああああっ! おっもしいいいいいいいいいいろおおおおおおおおおおいっ!」 それまで涙と涎塗れで悲鳴を上げていた「メドーサ」の顔が、俄かに童女のような声を上げて笑い出した。 「どうなってるの? 「メドーサ」は…」 「胴体を作る触手が邪魔で、弾が顔面に当たらない」 何がどう気に入ったのか、転がるのを辞めた「メドーサ」が今度は、ぼよんぼよんとジャンプし始めたではないか。ぬかるみに巨大な穴を穿ち、濁った泥水を数メートルも跳ね上げ、立ち枯れ寸前の樹木を押し潰して、跳ねる、跳ねる。 「たのしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!!!!!!」 きーーーーーっ! 両目を固く瞑った「メドーサ」は、無数の手足をぐねぐねと動かしながら全身を震わせて跳ねた。絡み合った巨体が地面に着くたび肉の中央に位置する若い女の顔が愉悦か恍惚かに歪み、真っ赤な唇の端からどろりとした涎が滴る。 まるでギャガとクロウ、自分を狩りに来たハンガーの存在など忘れたかのように、跳ね続ける「メドーサ」。そのストイックな行動を少しの間色の薄い瞳で睨んでいたギャガが、ふと、何か言いたげな顔で傍らのクロウを見た。 「どうかしたの?」 「……いいや。このままではいずれ「核」は分裂するだろう。あの「メドーサ」はそのための準備に入った。…………クライ=ファング」 奇妙に歯切れの悪いギャガの顔を見上げる琥珀の瞳から、不死者の王が目を逸らす。 「……離れて待て。「核」が出てからが、お前の受け持ちだ」 言い置いてギャガは、その場にクロウを残し走り出した。 呆気に取られるクロウの気配を背後に感じながら、ギャガが微かに苦笑いする。こんな時にこんな些細な事を気にするとは何を考えているのか、とも思ったが、彼女にはにべもなく答えた自分が言う嘘を、なぜかギャガは、クロウに聴かれる事を…拒んだ。 なぜか、ではないか、と色の薄い瞳を眇めて、男は自嘲気味に失笑した。 「あははははあははあはあははははあはは。たっのしいなああああああああ。たっのしいなぁああああああ。いひひっひひ。み、みいいいいいいいいいんなあたしからにげたああああああああああ。でももうそんなのどうでいいもおおおおおおおおおおん。うふふ、うふ、うふふふふふふ、うふ、うふふ、うふ、ふふ、ふふふふふふ、ふふ、ふふふふふふふふふっふふふふふふふ、ふひひひひひひひ、ひひひ、ひ、ひひひひひひひ、ひひひいいいいいいいいいいいいっひひひひひっ! ひゃはははははははははっは! あぁ?」 ぼいん。と泥を蹴立てて弾んだ肉球が、空中で静止する。骨の無い手足や舌は未だにぐねぐねと動き、全身から滲み出した体液をにちゃにちゃと鳴らしていたが、先のように回転している訳でも弾んでる訳でもなく、その中央に位置する無邪気な顔を無防備に晒して、きょとんと、泥水に膝まで浸かったまま佇んでいるギャガを見下ろしていた。 「だああああああああれええええええええええ」 じゅるじゅるじゅじゅじゅじゅじゅじゅるるるるるるる。 女が間延びした声で叫ぶと、体? を形成する絡み合った手足がそれぞれ生き物のように蠢き、擦れ合った肌がおぞましい水音を立てた。 「だああああああああああああああああああれえええええええええええええええええ。いっひひひひひひひひひひひひっ!」 若い女というよりも、まだ少女の印象を残した幼い顔が肉玉に埋もれたまま、鬼ごっこの鬼みたいに心細そうに叫ぶ。それは、探しても探しても見つからない友達を半泣きで呼ぶ声と似ていたが、最後を締め括ったのは狂った笑いだった。 なぜこの少女が「メドーサ」に成るに至ったか、ギャガは考えたりしない。 穏やかにあろうとし、ヒトという鋳型に自らを押し込んでその形状を保つ事でしかヴァルハラに在るを許されない男は、とどのつまり、ただ「在る」ために魔族を狩り続けるしか出来ないのだから。 浅ましいなとギャガは思った。 少女が「メドーサ」に堕ちるまでには、その少女を陥れた人間がいるだろうに。少女にしても、「メドーサ」になど成りたくて成った訳でもあるまいに。 そう一瞬でも思ってしまったら崩壊してしまうほど、ギャガの「外殻」は脆い。 だから男は、考えない。何も。目の前に居る魔族を狩る事だけを目的としている。
そう、信じている。
「だああああああああいいいいいいいいいいいいいいてええええええええええええええっ!!!!!」 絶叫が湖面に弾ける。 がくがく震える球体から幾つも垂れ下がっていた瘤だらけの舌が、これまたいくつも垂れ下がっている乳房に絡み付いて嬲ると、悲鳴を上げてうっとりと暗い夜空を眺めていた「メドーサ」…女の顔…が、べったり真紅に塗られた唇をすぼめて、悩ましい吐息を湿った夜気に吐き付けた。 女の吐息が夜空に薄っすらと色を添える。淡い紫? 甘美な毒の色。アレを吸うとくしゃみが出るんだがな、と暢気にそれを見上げたギャガの視界をぬらついた手の大群が覆い、十重二十重と折り重なって殺到し、佇む黒ずくめを飲み込もうか、という瞬間、彼は軽く顎を上げて中空で甘い吐息を吐き続ける「メドーサ」の顔を見つめ、短く、こう呟いた。
「抱いてやるから降りて来い」
ふと、気付く。こんな時なのに、とまた失笑が漏れる。 ホロスコープ処女宮からヴァルハラに降り、天宮(てんぐう)中枢に位置する神と永劫交わらない未来を選択するために堕天を望む「女神」は。 「………………そうか」 フィルムの高速巻き戻しみたいな不自然さで、ギャガの目前まで迫っていた数多の手が「メドーサ」の体内へと引き込まれて行く。ぐちゅ、にちゃ、と粘膜の擦れ合う音が相変わらず不快だったが、ギャガはやはり眉ひとつ動かさなかった。
二人の間には何もないのだと、あの時クロウは言わなかっただろうか。 これは「取引」であって、それ以外の何ものでもないのだと。
この世ならざる光景を前に、精神の安定を図る目的で全く別の事を考えている訳ではない。しかしなぜか頭から離れない思考に、ギャガはあっさりと従った。 泥に突き刺さっていた足に引き寄せられるかのように、中空に浮んでいた巨大な肉の塊が水面近くまで降りる。絡みついた手足の間から伸びていた舌や乳房が一瞬で内部に引き込まれ、じゅぽん! と府抜けた気色の悪い音をいくつもいくつも上げた。 色の薄い、蒼い瞳が冷淡に見つめる中、「メドーサ」の全身が一層不愉快な水音を轟かせて回転し、粘着質な体液を垂れ流しながら急激に縮んだ。その頃には腕は二本になり、泥に突き立てていた脚も、二つを残し体内に引き込まれている。 それは、二十歳にも満たないようなあどけない少女だった。この姿で現れたなら、誰も彼女が魔族だとは思わないだろう。 ……ギャガには、見えていたが。 薄靄に仄白く映える肌の下で蠢く、細長い生き物。それが少女の腹を、腕を、首を、背中を、太腿を這いずり回っている。 「あはははははああああああ。あいしてるわぁぁぁぁ」 少女が泥水を掻き分けてふらふらとギャガに近寄る。
取引だから何も感じてくれなくていいと、あの時クロウは言わなかっただろうか。 クロウはギャガに何も感じていないのだと。
「抱いて」 佇む黒ずくめに体当たりして停まった少女が、いっときその胸に埋めた顔を上げ、うふん。と唇をすぼめる。ゆっくりと持ち上がった泥まみれの手が愛しげにギャガの頬を這い、もう一方の細腕で首に噛り付く。 「……ビジネス・ライクというのは、こういう事だ」 くちづけをねだるようにますます顎を上げた少女の頬に黒手袋の左手を添え、瞬間、ギャガは背中に突っ込んでいた銃を引っこ抜くなり、密着した少女の腹部にそれを突きつけ引き金を引いた。 ガギン! 固い、撃鉄が弾丸を叩く音が夜気を打ち据えるのと同時に、少女の胴体が半分以上吹っ飛ぶ。ギャガの首に腕を回したまま仰け反って絶叫する少女、「メドーサ」。唇が捲れ上がって皮ごとひっくり返るのではないだろうかと思えるほどに開けられた口の奥で紫色の舌が蠢き、今にも零れ落ちそうに見開かれた両眼に睨まれても、ギャガはやはり眉ひとつ動かさず、顔色さえも変えはしない。
それが、気に食わなかっただけ。
恐怖と失望を誇張するように裂け金切り声を上げる少女の口の奥で蠢く、紫色の舌。 「お前のハートは、どこにある?」 薄い唇から滑り出す冷え切った声に、「メドーサ」は血を吐くように叫んだ。 「ううううううううううううらあああああああああああああぎいいいいいいいいいいいいいりいいいいいいいいいいいいいいもおおおおおおおおおおおおおおおのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」 その、喉の奥に微か紅色の光。 ギャガは「メドーサ」の腹部に空いた穴へ手首ごと銃口を突っ込み、カートリッジが空になるまで引き金を引きまくった。 「あ、あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああ」 篭った銃声とともに華奢な少女の身体が激しく震え、骨の混じった肉片が濁った泥水を跳ね上げて巻き散らかされる。それでも少女は細腕でギャガの首にしがみ付き、真っ赤な唇から紫色の舌をべろりと伸ばして、男の、男、そこに居る、憎い男、の唇にその長い舌を這わせようとした。 「いいいいいあああああああやあああああああああああっ!」 体内に沈んでいた銃口を引き抜くのと同時にギャガは、泣き濡れた少女の頬に当てていた掌を滑らせ大きく開いた口の端に指を突っ込んだ。 瞬間、半ばずたずたになった小さな裸体が脈動し、皮膚を突き破って無数の腕が虚空に吐き出される。 びゅるびゅると伸びる、腕、腕、腕、無数の腕。そこだけ嘘のように細く滑らかだった、ギャガの首に巻きついた腕の途中からも触手のように生えたそれが、黒革と銀金具、リベットで拘束された男の身体を抱き締めるように、軟体動物のように巻きつき、ギャガを絞め殺そうと渦を巻く。 足下の泥水が放射状に跳ねる只中で、しかし、不死者の王は慈悲もなく冷徹な蒼い瞳で少女の顔を見つめたまま、その後頭部に銃口を押し当て、口腔に握り拳を突き入れて、少女の頭部を…。 一瞬だけ、大きく開いた少女の瞳に清浄な涙が光る。「メドーサ」の支配に落ちた憐れな、名もない少女は、最後の最期で、ギャガを見つめた。 安堵するように。 乞うように。 絶対の闇を。 薄く微笑んで。 ガギン! その笑みが、固い金属音と伴に吹っ飛んだ。 赤黒い体液とピンクの脳漿と骨の欠片が佇むギャガの顔にびしゃりと飛び散ると、彼を絞め殺そうとのたうっていた触手が一瞬痙攣しぼたぼたと湖に落下して水泡と消え、取り憑いていた「メドーサ」の「核」が離れて自由になった少女の御魂は淡い笑みで輪廻の旅路へと送り出された。しかしそれを見送るギャガの表情は冷たく、まるで…。 ゲヘナの奥深くをさ迷い還るべき夜を孤独に探す、蒼白い月のようにも見えた。 力なくしがみついてくる残りの腕を乱暴に振り払ったギャガが、左手に「メドーサ」の舌を掴んだままくずおれる少女から離れ振り返ろうとする。ぶら提げた手の中で未だ暴れる舌の、千切れた付け根に引っかかった淡い紅色の球体が「メドーサ」の「核」だ。 「クライ=ファン……」 「へ…へへっへへ。化け物退治ごくろうさん」 紅色の球から視線を流し、水際で待つクロウを呼ぼうとした、瞬間、聞き覚えのない上ずった声が黒ずくめの背中に吐きつけられ、それに眉を寄せたギャガが咄嗟に右の銃口を上げ身を翻した時、そこには。 「う…動くな!」 なぜか、大鎌を落として昏倒しているクロウと、真っ青になって震えながらギャガに剣先を向けているオロ・シルリィの姿があった。
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