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8.noise | |||
(6) | |||
世界は/データで/出来ている。 だから/世界は/失望するに=値しない。 だから/世界は=絶望する/隙間もない。 なぜなら/世界は/データ/なのだから。 何を/期待=すればいい? しない期待を/どうやって=裏切られればいい? どうしてそれで/失望や=絶望や/もしかしたら / 愛 / さえも感じればいい? 大丈夫/大丈夫。 世界は/データで/出来ている。 でももし/世界が=数値で/なかったとしたら。 失望や/憎 絶望や/憎 背徳や/憎 残酷や/憎 虚無も/憎 愛もある。 大丈夫/大丈夫。 世界は=データで=出来ている。 大丈夫/大丈夫。 大丈夫…/もう憎んでいない。 世界は/データで=出来ている。 大丈夫…/もう憎んでいない。 大丈夫/大丈夫。 侵されていないのは/冒されていないのは。 束縛されない自由/綺麗な恋人。 大丈夫/大丈夫 大丈夫…/憎んだりしない。
世界は。
大丈夫。
世界は救うに値しなくとも、 わたしは=恋人を=愛してる。
大丈夫。
最初の解析陣立ち上げ地点は正面城門の前、ファイラン大路と言われる交差点の真ん中だった。 「本来ならこういう事こそドレイクの管轄なのに、一番最初か二番目に倒れてしまうとは我が兄ながら本当に使えないヤツですよね。今度会ったら蹴飛ばして置きましょう」 などとふざけた口調で言いつつも、ハルヴァイトは先よりますます青い顔で苦笑いしながら、今や通行人も退避させられた大路の中央に向かって歩き進んでいた。 「そういうアンタやガン卿は、ホントに…その………平気なのかよ」 傍らを歩きながら、声を潜めて問い掛けて来たミナミの横顔に視線を据え、ハルヴァイトが微かに肩を竦めた。 「まだ、平気です。わたしや大隊長のような「攻撃系魔導師」は、「制御系魔導師」比べて「ノイズ・キャンセラー」の精度が格段にいいので、外部からの「妨害」には多少耐性があるんですよ」 「…あー。そっか。誤作動防止プログラム、だっけ? それって。つまりその辺は、攻撃性と防御性の違いってやつ」 「そうです。単純に言うなら、駆使するプログラムのベクトルが内に向かっているか外に向かっているか、という話ですけどね」 「…………だから、ミラキ卿とかエスト卿とかアンくんとかが、スゥさんより先にぶっ倒れんのか」 歩きながら腕を組んで頷く、ミナミ。 「アンはまだ「魔導機」の顕現さえしてないんですが、今回のこれで、ドレイクタイプの制御系寄りに訓練させた方がいいと判りましたよ」 「「フィンチ」? じゃねぇか」 「何が出来るかは、ファースト・コンタクト、と言われる臨界接触行為を行うまで判らないんです。そこで臨界の…「システム」が魔導師にどれだけのデータを提供してくれるかで、変わって来ますので」 「だからなのか? アンタが…ほら、どれだけの電素にどれだけデータを詰め込むかが問題、みてぇに言ってたの」 「そうです。こう見えても、電脳魔導師というのは見えない所で意外に忙しいんですよ。臨界面の占有領域をデフラグしてエラーチェックして、圧縮出来るデータがあるかとか…」 「いつやってんだよ…」 「…ぼんやりと、いつも? です」 「………………今は?」 ハルヴァイトに手で制されたミナミは立ち止まったが、当のハルヴァイトは更に進む。ここから中には立ち入らないように、という白いラインの内側で彼は今から、電脳陣を張るのだ。 頭痛を、抱えて。 「今は、ノイズ・キャンセラーでいっぱいいっぱいですよ。それなのに解析陣を張るなんて、自殺行為じゃないかと思います」 「… …」 ミナミが、何かを呟く。 耳鳴りが酷くて聞き取れない。だからハルヴァイトは振り返り、小首を傾げた。 答えてミナミは、首を横に振っただけ。 それであっさり囲みの中央に向かって歩き出してしまったハルヴァイトの背中にミナミが溜め息を吐きつけると、その後ろ、いつから居たのか知れないデリラとヒューが、非常に複雑な内情を押し込み…にやにや笑っている。 「…そこ、笑うな……」 くる。と首だけを回したミナミに睨まれて、デリラは慌てて俯いた。 「ミナミ。面白そうだから、今のセリフ、大声で言ってみろ。きっとガリューはすっ飛んで返ってくるぞ」 「来る訳ねぇし。せいぜい解析陣張り終えてから、もういっぺん言って貰えますか? ぐれーだろ」 「そりゃぁおれもミナミさんの意見に賛成っスね。スレイサー衛視は知らねぇでしょうけど、大将…実はこういう…どうでもいい任務好きなんスよ」 「「?」」 デリラの言葉に、ヒューとミナミが顔を見合わせた。 「? ミナミさん…知ってましたっけね? 大将…ほら」 「………あぁ」 なんだ、それか。とミナミは、周囲の警備兵を下がらせてから位置に着いたハルヴァイトに向かって軽く手を挙げた。 「あぁ…って、その気の抜けた返事は何を意味するんだ? ミナミ」 「あのひと、九割方臨界ジャンキーだから。感情制御がなってなくてさ、普段は…かなり無理矢理、いろいろ…我慢してる状態、脳の中で作ってるらしい。でも臨界に接触する時は、感情の起伏には影響されないようにするけど、何? そういう…「我慢」つうか「歯止め」みたいなのつうか、それって…とっぱらってんだって」 だから。 「臨界に接触してる方が、本物の大将に極めて近いって訳なんで」 そう聞いて、ヒューが囲みの中央に佇むハルヴァイトに視線を移した刹那、相変わらず倣岸に腕を組んだ電脳魔導師が……………。 笑う。 全身に冷水を浴びせ掛けられたような錯覚を引き起こす、世の中の全てを睥睨し切った薄笑み。まるでくだらない些事に足掻いている「ひと」を嘲笑う…いいや、まるで価値のないものでも見るような、鉛色に塗り潰された無機質な色の瞳。 全てに無関心。 冷え切った表情のハルヴァイトから、傍らのデリラと、警備兵の囲んだフローター(外部から登る梯子の付いた、高さ二メートル以上の部分に足場のある展望車)に無言で登るミナミの間で視線を彷徨わせ、ヒューは更に背筋を凍らせる。 ふたりはそれを、まるで気にしていないように見えた。当たり前の事。ハルヴァイトが何に無関心でも、どうでもいい。それが彼の本質を受け止めてこそそうなのか、それとも、ハルヴァイトに対してふたりが無関心なのか、と思ってから、ヒュー・スレイサーは…その可能性を全て否定する。 違う。 デリラ・コルソンという部下は。 ミナミ・アイリーという恋人は。 ハルヴァイト・ガリューというひとを。 許している。 いつもはハルヴァイトの足下から四方に光の直線が描かれ、それが一瞬で回転し電脳陣が立ち上がるのだが、さすがに今日はそうも行かなかった。無秩序にびりびりと描き出される、ひび割れのような光。それがハルヴァイトの足下から放射状にきっかり三メートル広がって、地獄からの閃光を吐き出すかのように発光し、どん! と大気を微かに震わせた。 刹那、地上十センチほどのところに青緑色の電脳陣がぼんやりと浮かび上がった。派生し真円を駆け巡る光が紋様を描き出して低い場所に留まるのを静かに見つめていたデリラが、「ふーん」と素っ気無く鼻を鳴らす。 「余裕ないんスかね、さすがの大将も」 「…何がだ?」 努めて平静に問い掛けたヒューの顔にちらりと視線を馳せ、デリラがにーっと嫌な感じに笑った。 「雑っつったら判り易いスか? 相当な量の…」 デリラの言葉に被って、突如、バシッ! と上空で荷電粒子が破裂。思わずヒューは展望車に登っていたミナミを見たが、デリラもハルヴァイトも、ミナミには顔も向けなかった。 例えばハルヴァイトに何かあっても、絶対ミナミにだけは何の被害も及ぼさない、とふたりには判っていたのだ。しかしその「感覚」を知らない衛視たちや警備兵たちは慌ててミナミに避難を呼びかけ、呼びかけられたミナミはといえば、肩を竦めただけで展望車から降りて来ようとしない。 「エネルギー余ってんスよ、大将の回りで。真下から風みたいの吹き上がってますよね? アレ…普通の人間触ったら死にかねねぇんで」 平然と続けるデリラに驚愕しつつも、ヒューが慌ててハルヴァイトに視線を戻す。 確かに、ハルヴァイトの髪も着衣も足下から吹き上げてくる風のようなものに巻上げられていた。 光を浴びたハルヴァイトは、まだ…にやにや笑っているのだが…。 「十四番通り方向で記号の配列崩れてる」 地図を広げた衛視に声を掛けてから、ミナミが展望車から降りて来た。それを合図に、ハルヴァイトの周囲に固定されていた解析陣が消し飛び、待機していた警備兵がギイルの指示でばらばらと散って行く。 「十二番から十六番に警備兵を向かわせた。一般居住区にも外出禁止通達が回ってるからさ、ミナミちゃん。とりあえず、怪しいヤツぁ片っ端から拘束って事で」 「うん。こっちは…次、十四番と六十六番の交差点。……で。アンタは…大丈夫なのか?」 ミナミが首だけをハルヴァイトに向けて問い掛けると、彼は「こっちに来ないで下さいよ、誰も」と言い置いて…。 いきなり、通常の立体陣を高速で立ち上げた。 「………………頭痛はどうしたよ…おい」 一秒足らずで立ち上がった立体陣が、立ち上がりと同時に高速回転。猛烈な勢いで何かのプログラムを読み込み、佇むハルヴァイトの頭上に三つばかりの平面陣を描き、その全部がいっぺんに爆裂して、消える。 「こめかみから血が吹き出しそうです」 言いつつ、眉間に縦皺を寄せてづかづか歩み寄って来たハルヴァイトが、一瞬ミナミの顔をじっと見つめる。 「…………こんな時になんなんですが」 「じゃぁ、黙れ」 「キスしていいですか?」 「つか、黙れつったろ。アンタ俺の話聞いてたのか?」 「冗談ですってば」 いや、絶対本気だっだって…。と青い顔でにこにこするハルヴァイトと無表情にそのハルヴァイトを睨むミナミからさり気なく視線を逃がしつつ、デリラとヒューは声も立てずに、喉の奥で笑った。
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