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8.noise | |||
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対策会議はほんの十分ほどで終わった。 というよりも、グランとハルヴァイトの状態を考慮して、クラバインがミラキ邸から城に戻るまでに立てた「クラッカー討伐案」を確認する程度の場でしかなかったのだ。それは陛下の命令であり、陛下直属の特務室最高責任者のクラバイン・フェロウが「やる」といえば一般警備部に意見する権限はなく、意見しても許されるのだろうふたりの電脳魔導師は、なんでもいいからさっさとやれ、と言う始末。 だから、その決定に内心不満を抱いても、ミナミには何も言えなかった。 一般警備部が城外待機を終えるまでの短い時間に、クラッカー討伐の指揮を言い渡されたミナミとヒュー、ミナミが同行させると告げたデリラ、それとクラバインが額を突き合わせて地図を睨んでいるのを遠目に見ながら、ハルヴァイトは肱掛椅子にだらしなく引っかかって、しきりにこめかみを指で揉んでいた。 「…どのくらい持ちそうだ? ガリュー」 「全部のプログラムを切って、ノイズ・キャンセラーと簡単な解析陣だけを稼動させても、どのくらい接近出来るか自信ありませんね。大隊長は…この「noise」を…「悪意」だと思いますか?」 「意図的だと思うな。結局「悪意」か…」 「…………不向きですね、わたしでは」 言って、ハルヴァイトがにやにや笑う。 「そのためのミナミくんなのだろう? でなければ、同行させたい任務ではない」 ハルヴァイトと並んで座っているグランが、緑色の瞳でミナミを見つめたまま呟く。 強烈な頭痛。全身をさらさらと舐める悪寒。吹き出す冷や汗と、小刻みに震える指先。 どう考えても、この状態で更に電脳陣を張り、目茶苦茶に「騒音」を放っている中心に向かおうなどというのは、拷問意外の何ものでもないだろう。 「これでまた、わたしはミナミに叱られるんですよ。どーしてアンタはそうなんだ、ってね」 (………どいつもこいつもいい加減にしろ…) そこで、グランは小さく吹き出した。聴いた瞬間はハルヴァイトを都合よく使おうとしている自分たちを責められたのだと思ったが、どうやら、その「どいつもこいつも」にはハルヴァイト自身も入っていそうだった。 「ではそれ以上嫌われないように、流されるのだけは阻止するといい」 「…無責任な事を言わないでくださいよ、大隊長」 ハルヴァイトが口元の笑みを消さずにそう言い置いて、肱掛椅子から腰を浮かせた。 「無責任大いに結構ではないか、ガリュー。お前ひとりを働かせてわたしはここでのうのうと報告を待ち、クラッカー討伐の電信を受けて「よくやった、ガリュー」と言うだけ。それ以上に理想的な無責任はない」 「万一の時には、迷わず責任を果たして下さいね、大隊長。それであなたがミナミにどう思われようと、それこそわたしの責任じゃありません」 「noise」に紛れた「悪意」にアテられてハルヴァイトが「狂って」しまったら、そのハルヴァイトを「倒す」ために、グランは…城で待機するのだ。 「見て笑ってやる事も出来ませんし」 ね? とハルヴァイトは小首を傾げてグランに短い笑みを向けてから、すぐにミナミたちの方へ歩いて行ってしまった。 「………………そういう事を言うものではないぞ、ガリュー…。お前のミナミくんが…悲しむじゃないか」 その呟きに気付かなかったのか、それとも無視したのか、ハルヴァイトはグランの沈鬱な訴えに振り返らなかった。 「つか、そんな大雑把な計画でほんとに大丈夫なのか?」 「…大丈夫ですよ。わたしの張る解析陣の有効範囲は、最大四キロですから。城にいてこれだけの魔導師が影響されているとなれば、四キロあれば大抵引っかかります」 無言で円卓に近寄り、話し合いに割って入る、ハルヴァイト。ミナミは恋人の青ざめた顔をいっときだけ見つめ、すぐ、何もなかったかのように目を逸らした。 「…………四キロって、すげーの?」 なぜかミナミがそう訊いたのは、ハルヴァイトではなくヒューだった。 「さぁ」 と、こちらも不思議そうな顔でクラバインを見、見られたクラバインがデリラに視線を流し、結局、第七小隊の砲撃主が苦笑いでこう答える。 「索敵、解析まですんなら、四キロってのはバケモンみたいな距離っスね。ただし、大将の解析陣は「張るだけ」のダミーなんで。ま、ダミーでも、四キロあったら十分ひととしての常識からは外れてんでしょうけど」 「…デリ………」 さすがは第七小隊。本人(しかも上官)を前に、部下が平然とそんな事をほざく。 「怒る気力もないので、先に進んでいいですか?」 「…つうか、ちょっと怒れ。そのへんひととして」 「……いや、あまり気にはならないので」 やる気ないハルヴァイトの答えを喉の奥で笑いながらも、デリラは引き寄せた椅子をハルヴァイトの脇に置き、軽くストールの先端を引っ張った。それで椅子に気付いたハルヴァイトがそれに腰を下ろし、また、しきりにこめかみを指で…叩く。 頭痛。ふざけている瞬間もハルヴァイトを苛む頭痛。 ミナミが眉をひそめ、何か言いかけた唇を引き結んだ。 「…ミナミ。アリスのところで、解析対象を書き込む前の基本解析陣の形式(パターン)というのを見せて貰って、それを……五分で丸暗記してください」 「? 構わねぇけど、なんで?」 「先ほどクラバインが言ったように、城から出たらまずわたしが解析陣を描きます。電脳陣というのは全てサークルです。真円なんですが、だから「noise」の影響を強く受けている方向からエラーを起こして、誤作動するんですよ」 そこで、気付く。 「そのエラーを俺が見つけて、その方向に進むって訳?」 「そうです」 頷かずに言い放ったハルヴァイトの顔をじっと見つめていたミナミが、「解った」と言い残して衝立ての向こうに消えて行く。その華奢な背中を見送りながら、ハルヴァイトは傍らのデリラに顔も向けず問い掛けた。 「アリスには?」 「…ひめにゃ、余計な事言わないように伝えときました」 「それはそれは、わたしは良い部下を持って幸せですよ」 それでなぜかハルヴァイトは失笑し、デリラが面白くなさそうに横を向く。 「心にもねぇ事言わないで貰えませんかね、大将。…おれも大隊長も…ファイラン王都民ひとり残らずミナミさんに怨まれるかどうか、って瀬戸際なんですから」 その会話に、ヒューが首を傾げる。 前回の「noise」発生は、七年以上前。その時はスラムで生れた「突然変異」の魔導師が無意識に微弱「noise」を発し、当時の電脳魔導師隊大隊長が自ら出向いてその発生源たる少年を確保して、騒ぎが大きくなる前に事は収まった。 だから正直、ここに雁首を揃えている衛視の中には、資料で「noise」の危険性を知っているものの、実際この非常事態を経験するのは始めて、という連中も少なくないのだ。 そしてヒューも、「知識はある」だけに過ぎない。 ひとり円卓に肘を突いて両手を組み合わせ、中央に立ち上がっている三次元モニターを鉛色の瞳で見つめていたハルヴァイトが、集まる視線など意にも介さず淡々と述べる。 「クラバイン、デリラにライフルの所持と発砲の許可をすぐに出して下さい。スレイサー衛視も、拳銃の安全装置を外して置くようお願いします。「わたしの監視」はデリに全て任せますので、大隊長とは常に連絡出来るように通信回線を確保。大隊長に現在地を逐一報告するのを、忘れずに」 顔の前に組んだ長い指。その影になってハルヴァイトの表情は読み取れないが、なぜかヒューは、背中に悪感を感じて肩を震わせた。 「デリ」 「…なんスか」 「ミナミはあなたを怨みませんよ。だから、「そんな事態」になったら迷わず引き金を引きなさい。……絶対に、外すなよ」 ハルヴァイトは、地図を睨んだままだった。 「怨まれますよ。おれなら…怨みますしね。まさか、目の前で大将の頭吹っ飛びゃぁ」 「…………………おい、待て」 不機嫌そうなデリラにぎくしゃくと顔を向け、ヒューがからからの喉で絞り出すように言う。 「どういう事だ?」 怒鳴りつけて掴み掛かりたい衝動を必死に押えたヒューは、デリラとハルヴァイト、クラバインを睨んだ。 「何の、話だ? クラバイン」 「……「noise」被害で最も恐ろしいのは、魔導師そのものがその「騒音」に「流される」事です。取り込まれて、錯乱し、狂ってしまう事…。そうなれば「流された」魔導師の臨界占有面が、臨界側で「noise」化します。一種の災害が臨界面で起こるのです。もしもガリュー小隊長クラスの臨界占有率を誇る魔導師が「noise」化したら、ファイラン階層と呼ばれる臨界は、崩壊するでしょう」 「それが…どうして…」 「脳を破壊。そうすれば電脳魔導師は臨界に接触出来ない。だから、脳を吹き飛ばす。足し算並みに簡単な式ですよ、スレイサー衛視」 だから、 迷わず、 殺して、 しまえ。 不透明な鉛色の瞳が、冷たくヒューを見つめた。 感情のない、機械装置のように。 「そんな…話は聞いてな…」 「ではいつ誰が、「危険性のない安全な任務ですよ」なんて甘い事を言いました?」 「……じゃぁ、ミナミは…ミナミはどうする!」 ヒューにはその表情が、どうしようもなく、 恐かった。 「だからあなたが同行するんですよ、ヒュー・スレイサー」 素っ気無くそう吐き捨てて、ハルヴァイトが瞼を閉じる。 「…今の話、わたしが生きている間は絶対に、ミナミに教えないでください」 死んだら勝手にしていいですけど。とハルヴァイトは、コーヒーと紅茶どちらが好きか? というありきたりの質問に答えるような気軽さで、付け足した。
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