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7.ラプソディア | |||
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「午前中だけで一週間分の体力とか、その他諸々使い切った気ぃする…」 と、王下特務衛視団ミナミ・アイリー次長は、疲れたとも呆れたともなんともつかない複雑な溜め息を吐き、ソファの向かい側に座る…陛下の失笑を買った。 「ガリューが案外あっさり折れたね。それは僕の予想外だったかな」 「折れたつうか、もう訳判んねぇようになってたつうか、回避出来たから問題なかったって感じだろ」 「……接続不良起こしかけたんだっけ?」 「ミラキ卿の話じゃ、もっとヤバそうだったみてぇ。ただ…俺にはそう見えなかったけどな」 クラバインの煎れてくれた紅茶を受け取りながら、ミナミが淡々と言い放つ。その奇妙なほどの落ち着きに、ウォルはちょっと小首を傾げた。 「まったく…君はなんというか。心配しないんだね、そういう…時でも」 接続不良。あまり良い気分の現象ではない。 「……………………今更だけどさ」 ドレイクが接続不良を起こした時の事を思い出して表情を曇らせたウォルに顔も向けず、ミナミは白滋のカップを唇に寄せたまま、微かに、自嘲めいた薄笑みを浮べた。 「確率五分五分。でも、停める「手」、あるつもりだったし」 「自信があったんだ」 「だから、五分五分。…あのひとさ」 で、今度は、観察者の瞳から探るような視線をウォルに送る。 深海のダークブルーで、全てを、見透かそうとするかのように。 「例の「休暇」入ってから、あんま寝てねぇんだよ。なんつうか寝溜め出来るらしくて、生活に支障ねんだけど脳内電速が落ちる、って言ってたから」 「? それと確率五分五分と、どう関係あるの?」 陛下は今日も呆気に取られるほど美人だった。艶のある長い黒髪に、黒曜石のごとく煌いた漆黒の瞳。顎の尖った面を赤い唇で飾り、ただただ冷然と、「ファイラン中枢システム」の外部端子を繋いだ安楽椅子に座って、ゆったり…している。 本当は、ゆったりなどしていない。不可視の電脳陣が最低でも五つは立ち上がって、ファイランを運行するために必要な「処理」を同時に行っている。しかも、「臨界面」で。 実は、そういう…ハルヴァイトやドレイクと方向性は違うものの、陛下がある意味「最強」の魔導師であるとミナミが知ったのは、つい今しがた、午後一番で顔を見せに来い、と言われ、クラバインと共に室長室の通路から国王執務室を通り抜け、狭いエレベーターで地下まで下ってこの部屋の存在を知った、まさに「今」だった。 ウォルは、笑う。麗々と。 「だから僕は、陛下なんだよ」と。 「脳内電速が遅いってのは、つまりプログラム崩壊も遅いし、仮想パーテーションのアクセス速度も遅いって事だろ? しかもあのひとの場合読み込んでる量が半端じゃねぇから、そうなってくると、同時に稼動してるプログラムが優先順位で分別されて、ものによっちゃぁ一時停止するらしいんだよな」 ミナミの習った、「ハルヴァイト・ガリュー」…。 「だから、その組み替えとか停止とか、そういう命令に気ぃ取られてるうちに、「冷静になる時間」ってのを与えてやればいいだけ」 「…タイミングが悪ければ、ダメなんじゃないの?」 「信号って点滅だろ」 「……………」 点いたり、消えたり? 「そんな…単純な事でいいの?」 きょとんと見つめてくる陛下に苦笑いを向け、ミナミは首を横に振った。 「多分ダメなんだろうけどさ。だから…、俺は陛下と裏で手ぇ組んであのひと騙してる訳だから、今更そういうのに罪悪感とか…感じていいとも思ってねぇし」 「意味が判らない、アイリー」
俺は、何、も、感じ、ません。
白滋のカップをテーブルに戻したミナミは、狭く、広い室内を見回した。 「一瞬でいいんだよ、俺には。あのひとの意識からコンマ一秒臨界が離れるだけで、十分なの」
感じて、やる、事は、卑怯、過ぎ。
室内には、ミナミとクラバインの控えたソファ、テーブル、それから、ウォルの座っている安楽椅子。それしかない。 「そんだけの時間あったら……、俺はあのひとの意識を「俺にだけ」向ける手ぇ、いくつも持ってんだろ?」 空虚な微笑み。 どうしようもなく計算づくの行動を取り、 ハルヴァイトの注意を自分に向けさせて、 最早自ら放棄しようとしているくせに、 固定化された「世界」の真中にましまして、 傷つけながら、 気付かれず、 傷付きながら、 知られないよう、 ミナミは何を、 しようと、 言うのか。
復讐か? 報復か? 無駄か? 無為か? はたまた答えは、自殺行為、か…。
「にしたってすっげー殺風景な部屋」 「でも、これがファイランを「支えてる」んだよ」 「ふうん」 笑いながらそう言った陛下に、ミナミはいつもの無表情で答えた。 「とにかく、ガリューもドレイクも、その他大勢も黙らせた訳だし、僕も安心したよ」 「毎日昼にゃ中庭のオープンカフェに顔出せ、とかなんとか、聞いてるうちに呆れそうな事まで言われたけどな」 「…誰に?」 「? ミラキ卿」 そこで、今まで居るのか居ないのか判らなかったクラバインが、小さく吹き出す。 「あのお節介め…」 笑うに笑えないウォルが苦々しくそう吐き出し、ミナミも微かに目を眇めて微笑んだ。 「しかもなんか、調子に乗ったガン卿が本丸通用口で待っててやろう、とか言い出して、ヒューに断られてた」 「……電脳魔導師隊に、何か仕事させた方がいいのかな、もしかして…」 「かもしんねぇ」 難しい顔で溜め息を吐いたウォルに肩を竦めて見せてから、腕の時計に視線を落し、ミナミが立ち上がる。 「俺、そろそろ戻る」 「うん。じゃ、またね、アイリー」 「では、失礼します」 「………そういう話し方似合わないなぁ、お前」 ははは、と珍しく機嫌の良いらしいウォルの声を背中に、ミナミは国王室直通エレベーターに乗り込んだ。 目前で、ドアが閉まる。 笑顔で見送ってくれたウォルの姿が、見えなくなる。 ミナミはそこでやっと大きく溜め息を吐き、天井を見上げた。 「あー。俺ってサイテー」
ミナミは、 何を、 しようと、 言うのか…。
解答。<俺ってサイテー>
ミナミは、無意識にその場にしゃがみ込んだ。
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