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ギイル・キース |
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正義の正体が知りたい。 | |||
ランチは、強制的にルニと同席させられた。 午後はウォルが「システム」に入り、本当なら下城するつもりだったミナミだが、どうせ城に来たのだからと、…ちょっと…暗躍してみる事にした。 「電脳班の執務室になんのか、こっちの部屋」 「そうなのよ。でね、電脳班下っ端部隊のおれたちがさー、上官どもの登城前に御座(ござ)整える事になっちまってね、引越し業ってよっか、大工よ、大工」 などと捻り鉢巻でもしたら本当に大工に見えそうな出で立ちのギイルが笑い、つられて部下達も笑う。 「…でさ、ちょっといい? キース連隊長」 「おう。でもね、ミナミちゃん、おれ、連隊長じゃなくなんだからさ、これを機会に「ギイルさん(はあと)」とか呼んでみるってどうよ」 「うん、じゃぁそれで」 「うそっ!」 「嘘」 涼しい顔で恐ろしい冗談を言ったミナミ。それに、嘘に決まってんじゃねぇですか、部隊長。などとバカ笑いの兵士をじろりと睨み、ギイルは喉の奥で唸った。 「辞令交付されたらキース部隊長になんのか。練習しとこう。つか、そんじゃアンくんと一緒じゃん、俺」 自己完結型突っ込みで一区切り付けたミナミは、ギイルを電脳班執務室に続く仮眠室へと促した。 ドアを閉ざすまではへらへらと部下を罵っていたギイルも、さすがに思うところがあるのか、まだ何も運び込まれていない室内に佇むミナミに顔を向けた途端、短い溜め息で気分を変える。 「ミナミちゃんさ…昨日、居なくてよかったって」 「…ミラキ卿、来たんだって?」 ドアに背中を預けてその場にどかりと座り込んだギイルが、寝癖みたいな短い髪を掻き毟った。ミナミを斜に構えて自分の膝に手を置き、何度も何度も…やるせない溜め息を吐きながら。 「ほれ、おれぁこの通り出たり入ったりしてたからね、特別呼びつけられたりはしなかった訳よ。暇になるとルニ姫さんがちょろちょろ遊びに来てさ、で…おれに訊くんだな。 ミラキは…来てくれるのか、ってさ」 十三歳の妹が。 「ルニ姫さんもそれなりに気ぃ遣ってんのよね、つまりはさー。不安そうな顔でおれのシャツ掴んでさ、ミラキが来てくれなかったらどうしようって言うのよ。だからおれぁね、あんたミラキつったら姫さんのウルにーさま独占してた男なんだから、何も心配いらねぇって言う訳だわな。あいつはそんなに小せぇ野郎じゃねぇよってさ。 確かに、そうなんだよ。 ミラキは平然とやって来る。 陛下は陛下でいつもの通り振る舞う…。 泣けるくらいわざとらしくよ」 わざとのように。何もなく。 「アリス嬢なんぞ、今にも泣きそうな顔で帰ったぜ」 「…………………。今日…あのひと、ミラキ卿んとこ行ったんだよ、さっき」 「なんで?」 ギイルの少し驚いたような問いかけに、ミナミはゆっくりと首を横に振った。 「判んねぇ。ただ、俺が室長からの電信受け取る直前に連絡あって、何かふたりで話してて、それから出かけてった。それがミラキ卿となら俺も別にそんな…心配したりしねぇけど、リインさんとだったから…」 不安になる。 「ちったぁ沈んじまってよぉ、しばらく大人しくしててくれりゃぁいんだけどね、ミラキもさ。……おれらの邪魔になんねぇ程度に、早まった真似なんかしねぇでよ」 少し…ではないし、ドレイクがその「結果」を喜んでくれるのかどうかさえ判らないけれど、少しだけ、時間が欲しい。 濃紺の瞳に沈鬱な陰を潜ませたギイルの竦めた肩を見下ろしたまま、ミナミも小さく頷いた。 でも、時間は待ってくれない。 「…だから、俺は俺のやるべき事を始めようと思う」 ドレイクは、待ってくれないだろう。 「あの人が言ってたんだよ、きっとミラキ卿は早々と何らかの手を打ってくるって。あの人と違ってミラキ卿つったら迷惑なくらいフットワーク軽いしさ、こっちもぐずぐずしてらんねぇ」 ミナミの静かな声に引き寄せられたギイルが、いつになく真剣な顔つきで彼に頷き返す。 「ああ。判ってるさ、アイリー次長。今んとこ、城内で自由に動いて怪しまれねぇのはウチだけだからな」 「それで、早速なんだけどさ、キース部隊長…」 「ギイルでいいよ。おれぁミナミちゃんのお友達だかんね」 にか、と気負いのない笑顔で言われ、ミナミもそれには薄い笑みで答えた。 「うん。じゃぁ、ギイル。警備部隊の班編成って、どうなってんの?」 本来ならこれはミナミにも判る事柄なのだろうが、ミナミも二週間は進退保留の身なのだから、当然現在の特務室の情報は入って来ない。ヒューにでも訊けば教えてくれるのだろうが、これは彼に訊くより直接ギイルと相談しておいた方がいい。 「事前通達としちゃ、部隊をみっつに別けておくようにってだけだな。それがどういうシフトになるのかとか、勤務形態がどうとかは、電脳班が組織されてから直接会議して決めるんだとさ」 「…電脳班は衛視であって衛視じゃねぇしな。任務自体まったく別ものなんだから、シフトも勤務形態も別って事か…」 呟きながらミナミは、じっと虚空を見つめていた。瞬きしないダークブルーの双眸に微かな光を押し込み、いつもの無表情ながら、何かを…何か…必死に何かを考えている。 ギイルはそれを、黙って見ていた。 始めて会った時。 それから何度も顔を会わせて。 あの…議会の只中で。 どんなに怯えても混乱しても色褪せない、深い青色の瞳。 この青は、ギイルを絶望させたあの鋼色に守られて、しかしあの鋼色に微かな光を射している。 これは正義だ。とギイルは信じた。 「全部でニ・三人さ、それぞれの小班に自由の利くひと、入れててくんねぇかな…。出来れば、俺とあのひとの指示を守れて口が硬くて、……俺たちのしようとしてる事話して、理解してくれそうなひとがいい」 そう。潔いほど清々しい、正義だ。 数瞬で考えを纏めたらしいミナミの視線が、ギイルに吸い付く。しかしギイルはすぐに答えなかった。 「話そうと思うんだよ、俺はさ。…全部でないにしても、話してやれる事は話すつもり。訳も判らねぇでこき使われるよりも、その方がいいと…思う」 そこでギイルは、やっと頷き、ゆっくりと口元に笑みを刻んだ。 「おれは完全別シフトで自由が利く。その外にふたりばかりね、元…デリの部下だったのが居んだよ、ウチの隊に。ほれ、ミナミちゃん、デリが一般警備部からおんだされた事件、知ってんでしょ?」 「…ああ。情報だけだけど」 デリラ・コルソンという巻き込まれ型災害には不自由しないらしいあの砲撃手は、過去、一般警備部の連隊小班長を経験した事があった。しかしそこで部下が起こした不祥事の責任を取って、……冤罪で軍法会議にかけられそうになった部下を庇って、か……あるはずのない「でっち上げの不祥事」を言いふらした当事者をぶん殴り(…手だけは早いらしい)、警備部から除隊命令を食らったのだ。 だが、捨てる神あれば拾う神もあり、元よりそれが実体のない「幽霊事件」だと知っていた魔導師隊大隊長グラン・ガンにスカウトされて、除隊ではなく所属変更になったのだが…。 「当事者はデリが警備部から出てすぐ軍辞めちまったけどよ、そん時の隊員が残ってて、デリに頼まれてさ、おれが面倒見てんのよね」 弱ったように苦笑いして、ギイルが大袈裟に肩を竦める。 「いい奴なんだけどねぇ、デリも…。どうも手が早くていけねぇな。でもあいつも、ひめさんと知り合ってからは随分落ち付いたモンでよ、まず、どっかの恋人と一緒で、乱闘騒ぎ起こさなくなったしな」 そこでミナミは、随分懐かしい話しを思い出す。 「……そういや、アンくんが青い顔して止めに入ろうとした事あったっけ」 ルイエ少年とニ・三言い争って、ちょっと怒ったような声を出し、すぐだったような…。 「ものすげー短気なヤツなんだよ、ホントはさ」 「てか、あれは短か過ぎだろ…」 さすが第七小隊というべきか、問題があるのはハルヴァイトだけではないようだ。 「でさ、そのふたりならね、デリと一緒だつったら喜んで手ぇ貸してくれっと思うのよ。デリに付いて行きてぇって連中ならさ、逆に、デリの怖いとこもよくご存知なんだし」 それに頷き、そのふたりについてはデリラ立合いで話しをしよう、などと考えを巡らせるミナミを見つめたまま、ギイルは続ける。 「…それとさ、もうひとり使えそうなのがいんだけどね、ミナミちゃん…」 「? 誰?」 なぜか渋い顔のギイルに、ミナミは小首を傾げて見せた。 「スラムから上がってきたヤツで、あっちの情報にやたら詳しいからさ、ガリューの…スラムの方での事調べんのにゃ最適じゃねぇかとは思うんだけど…。 ……………………熱狂的なアンちゃんファンでも、いいのかね……」 そのギイルの顔つきに一抹の不安を覚えつつもミナミは、あくまで無表情に、あくまで冷静に、「いいんじゃねぇの? いや…俺はいいけど…」と、不安な返事をした。
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