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ウォラート・ウォルステイン・ファイラン |
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それ以上ではないが以下でも…ない。 | |||
「アイリー!!!!!!」 ミナミを出迎えたのは、予想に反して黄色い悲鳴だった。 「ルニ…様?」 「アイリーだー! すっごーい、ウルにーさまっ! ウルにーさまの言う通り、三十分もしないでアイリーが来たーーーーっ!」 きょと、と目を白黒させたミナミににやにや笑いを向けるウォルの手に、ルニがしっかりと掴まっている。 「ね? だから、いつでもアイリーには会えるんだから、お家に行っちゃだめだって言ったろう? ルニ」 「でも、ガリューは?」 「………………出かけた…けど」 覗き込むようにしてルニに問い掛けられたミナミが、呆気に取られたまま半ば反射的に答える。 「なーんだ。じゃぁ、今度はガリューも連れて来てね、アイリー! ウルにーさまがルニとの約束守ってくれたから、ルニもにーさまとの約束通り、かーさまの授業に行ってきまーす」 いってらっしゃい…。と、さっぱり訳が判らないままながら、クラバインと一緒に室長室に引き返していくルニを見送る、ミナミ。 「つか、なんで俺は呼ばれたんだ…」 ミナミ、呆然。 「ルニがね、母上との「お勉強」を嫌がって、みんなの家に遊びに行くって言い出してさ、それで、ルニが行かなくてもみんなの方から来てくれるから、って言ったら、呼んでみせろって」 ひとり残ったウォルが、くすくすと笑う。 「それで気が済んだら「お勉強」始めるって言うもんだからさ」 つまり…。 「…みんな? みんなって…」 「うん。アイリーで最後。結局「あの日」に居て顔を出さなかったのは、ガリューだけだよ」 来たのか? …全員が…。 「城に居る分スレイサーやゴッヘルは早かったし、アンくんもイルくんも早かったけれど、コルソンは余程慌てて出てきたのか、不精髭を散々笑われてたよ?」 言いながら踵を返したウォルを追いかけてミナミが室長室に爪先を向けると、なぜか、緊張し切っていた室内に安堵の気配が降りた。 「それだけかい」 ぶつぶつと突っ込む、ミナミ。それを部下達が笑っている。 「誰か暇ならコーヒー運んでくんねぇ? 俺さ…折角煎れたの、飲まないで来たんだよな」 いつも通りのぶっきらぼうさで言い置いて、室長室に入りドアを閉ざす。その疲れた表情をいっとき笑ってから、ウォルは、腰を下ろしていたソファにミナミを呼んだ。 「感激にむせび泣きそうな勢いだったな、衛視室」 「…あのテンションで騒がれたら…」 「じゃなくてさ。ルニがアイリーを呼ぼうと言い出したのは、連中のためなんだよ」 連中、とは、衛視室に詰めていた部下の事だろう。それに思い当たりがないミナミが小首を傾げると、ウォルはゆったりとソファに座ったまま艶やかに微笑んで、組んだ足に組んだ繊手を載せた。 あまりにも、いつもと同じに。 「最初はスレイサーだった。それからゴッヘル。登城していると判っていたアンくんとイルくん、キース、貴族院のおやじどもやグラン、ローエンスまでは、子供のわがままでよかった…。でも、そのあと…ミラキが呼ばれた。わざわざね。アリスも一緒に来た。そこでコルソンの話しが出て、彼も呼ばれた。 でもそれは…昨日の事なんだ」 それさえいつもと同じに超然と言ったウォルの心情。 ……………。ミラキ、という呼び方は。 「それで、誰だったかな、警護班の誰かが、ルニに訊いたんだよ。アイリーとガリューはお友達じゃないのか? ってね。 ルニはどうしてもお前たちの家に遊びに行きたくて呼ばなかったらしいけど、幾つか話しをしているうちに、気がついたんだろう。衛視たちはお前に会いたがっている。でも、どう理由をつけていいのか判らない。だからルニは、アイリーが今すぐ来てくれるなら母上との勉強会に出るから、お前をここに…呼んでやって…と僕に言った」 ミナミは、じっとあの観察者の双眸でウォルを見つめた。 「…ねぇ、アイリー。僕は結局陛下なんだよね。それを怨んだりはしないし、僕が陛下であってこの都市が平穏なら、いいと思う。 ルニが幸せならいいと思う。 みんなが穏やかならいいと思う。 僕は今でも、自分が傷つかずに誰かが幸せになれるなんて幻想は抱いてないし、現実は、もっと僕に冷たい…」 囁いてウォルは、長い睫を閉じた。 「お前が幸せで、よかった」 コーヒーが運ばれてくるまでの間、まるで時間が停まってしまったかのようにウォルは一言も喋らず、瞼を上げようともしなかった…。
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