ナイフフィッシュ〜琴子編〜
ナイフフィッシュ〜琴子編〜

(1)
「いやっーーっっ!!!
どんぐりが、どんぐりがっ!!」

あたしは、家をとびだした。
アパートの2階から、駆け下りた。
うしろを、振り返りたくも、なかった。
ただ、こわかった。
はじめての、出来事に。

そして。
家からすぐの曲がり角で。
あたしは、おとこのことぶつかった。

ドンッ!!

「きゃっ!!」
あたしは、驚いて、しりもちをついた。
あたしは、泣いてた。
家を出たときから、泣いてた。
おしりも痛いし、もう、いやだ。

あたしは、琴子。地元の小学校に通う、1年生。6歳になる秋。
そのおとこのこにはじめて出会った。

(2)
おとこのこは、あたしと同じくらいの背格好で、目は細く、色白で、絵本に出てくる白馬の王子様みたいだった。
でも、絵本と違って、ものすごく、不機嫌な顔をしていた。
あたしは、ちょっとこわかった。

「おまえ、どうしたんだよ。
なんか、あったのか?」

おとこのこが、あたしに声をかけながら、手を差し伸べてくれた。

(なんだ、やさしいじゃない。)

あたしは、内心嬉しかった。
でも、さっきまで泣いていたせいか、言葉がうまく出てこない。
おとこのこは、再度、あたしに問い掛ける。

「なんで、泣いてんだよ?」

その声のトーンが、「もう、おまえなんか、かまってられないよ。」と、感じたあたしは、慌てた。はやく、こたえなきゃ。

「あたしのね・・?
どんぐりが・・。」

こう言うのがやっとだった。
言葉をつづけようとしたあたしだった。
なのに。
おとこのこは、あたしを置いて、歩き出そうとした。
あたしは、おもわずおとこのこの腕をつかんだ。

「なんだよ?」
おとこのこが、あたしをにらみつける。
あたしは、また、泣きたくなった。
あたしだって、好きで、こうしてるわけじゃ、ないのにぃ・・・。

「ここにまだ居ろっていうのか?」
「うん!」
あたしは、頷いた。
だって、だって、ひとりはいや。
いまは、我慢できない。
だから。
「まだ、いかないで。」

あたしは、お願いした。
おとこのこは、仕方ねぇな、という顔をして、頷いた。
「わかったから、腕はなせよ。」

あたしは、嬉しかった。
知らないおとこのこなのに、なぜか、安心できた。
一緒に、いたい、と思った。
こんなに無愛想なおとこのこなのに。
なぜ、なんだろう?

すると。

おとこのこが、あたしに問い掛けた。

「おまえ、なんで靴はいてないんだよ?」

(3)
あたしは、自分が靴をはいてなかったことに、いま、気付いた。

「あー!やだぁ、あたしったら。」
恥ずかしかった。
その恥ずかしさをかくすように、あたしはおとこのこのうしろに回りこんだ。

「なに、してんだよ?」
おとこのこが、うしろを振り返る。

「靴・・・、おうちなの。」
「は?」
「おいてきちゃった。」
「・・・。」

おとこのこは、あきれて、声も出ないらしい。
あたしは、穴があったら、入りたい気分だった。

「しゃあねぇな。ほら。」

おとこのこが、あたしに自分の靴をさしだした。
あたしは、びっくりした。

「家につくまで、それはいてろ。」

おとこのこは、あたしと一緒に歩き出した。
あたしに靴を貸してしまったせいで、裸足のまま。

あたしは、嬉しかった。
「ありがと。やさしいね。」

おとこのこは、「別に。」と、なんでもない顔をしてた。

アパートについた。
でも。
あたしは、中に入りたくなかった。
いぶかる、おとこのこ。

「どうしたんだよ?
自分ちだろ、はいんねぇのか?」

あたしは、こわかった。
だって。
だって。
なかも、覗きたくなかった。
だって。
あれが、居るんだもの。

おとうちゃんは仕事。おかあちゃんは10日前に天国へ出かけてしまっていつ帰るかわからない。いま、あたしは、このおとこのこに頼るしかなかった。

「一緒に、おうちにはいろ?」
「は?」
またも驚く、おとこのこ。
「なんで、はいんなきゃいけないんだよ。」

おとこのこのきつい拒否に、あたしは、また涙目になった。

「わかった、わぁーったよ!!
いきゃ、いいんだろ??」

おとこのこは、一緒に部屋へはいってくれることになった。

(4)
「あーーーっ!!!」
あたしは、叫んだ。

どんぐりが、部屋のまんなかに置いてある丸テーブルの上に、ころんところがったままだった。
(あのそばに、あれが・・・。)
そう思うと、こわくてとても近寄れない。
でも、いかないわけに、いかなかった。
あたしは、おとこのこの背中にしがみついたまま、部屋のなかに直進した。

「?どんぐりが、どうかしたのか?」
おとこのこは、わけがわからない、という顔をしてた。
あたしは、なんとか、わかりやすく、説明しようと試みた。

「あのね、あのねっ。
あたしのこの赤いお洋服、かわいいでしょ??」

おとこのこは、それがどうした、という顔をした。
あたしは、心外だった。
あたしの、お気に入りの、チェックのジャンパースカートなのに。
でも、めげずに、つづけた。

「だからね、あたし、今年もこのお洋服、着たかったの。」
「それでね、おとうちゃんに、衣替えしてもらったの。」

おとこのこは、黙ってあたしの話をきいてた。
でも、目がつりあがってる気がした。

「そしたらね、このお洋服のポケットにね、
どんぐり、はいってたの。」

おとこのこのこぶしが、ふるふる振るえてた。眉間に、しわが寄ってた。
あたし、どうしよう。
うまく、説明できてないのかな??
こんなに、一生懸命なのに。

「それがね、あたし、前の秋にひろったおきにいりのどんぐりだったの。」
だから、大事にポケットにいれておいたのに。

「うれしくって、眺めてたの。」
だって、ツヤツヤしてて、とっても、きれいだったから。

「そしたらぁ・・・。」
あたしは、思い出した。
さっきの、イヤな出来事を。
涙がまた、あふれてきた。

「お、おいっ、おまえ、なんで泣いてんだよお・・・。」

おとこのこが、慌てた。
あたしは、涙をぽろぽろこぼした。

すると。
突然、おとこのこがあたしから離れ、机の上のどんぐりを拾い上げた。
はは〜ん、と、納得した顔をしてた。
(なに?なんなの??)

「そっか。おまえ、いもむし見ちまったんだろ。」

あたしは、びっくりした。
(な、な、なんで、わかったの???
その言葉すら、イヤで言えなかったのに。
このおとこのこ、すごい・・・。)
あたしは、呆然とした。

そのとき。

「おまえ、足きィつけろ。」

おとこのこが、あたしに呼びかけた。

「え?」

あたしは、自分の足元に這ってきてたいもむしを、見た。
あたしは、絶叫した。

「いやぁぁっぁぁぁぁっっ!!!!」

あたしは、おとこのこに正面からしがみついた。

「お、おまえっ、離れろよっっ!!」

おとこのこに拒まれても、あたしは、離れられなかった。

だって、だって、だぁってぇっぇぇ!!!

「やあだぁぁっぁぁ!!!」

こわかった。
ものすごく。
ひとりだったら、部屋からまた逃げ出してたとこだった。
でも、いまは、ひとりじゃ、ない。

「はやく、とってぇぇっぇぇ!!!」

おとこのこの胸に顔をうずめたあたしは。
ひさしぶりに甘えたかったのかもしれない。
誰かに。
ここのとこ、おとうちゃんは忙しくてあたしをかまってくれなかったし。
いつもおかあちゃんに抱きしめられて聞いてた胸の鼓動を、聞きたかったのかもしれない。
でも。
どちらにしても。
あたしは、いもむしをもう一度見る勇気は、なかった。

窓を開け閉めする音がした。

「おい、いつまで、めそめそくっついてやがんだ。
もう、いもむしは、いないぞ?」

あたしは、おそるおそる顔をあげた。

「ほんと?」

おとこのこは、あたしにみつめられて、きまりわるそうにしていた。
でも、そんなこと気にしてられない。
あたしには、いもむしの行方のほうが、きがかりだった。

「ほんとに、もういない?」

もう一度、念をおした。

「だから、もういないって、いってんだろっ!!
いーかげんにしろっ!!!」

おとこのこが怒った。
あたしは、びっくりした。
(なんで、そんなにおこってるのぉ??)

「は、は、離れろよッ!!!」

おとこのこがあたしに怒鳴りつける。
でも。
あたしは、涙目でおとこのこの顔をのぞきこんだまま、離れなかった。
いじわるいことばっか言うおとこのこ。
でも、ほんとうはとってもやさしいおとこのこ。
そんな目の前に居るおとこのこに、あたしは、興味津々だった。

そして。

おとこのこは、もう帰る、という。
あたしは、残念だった。
もっと、居ればいいのに。

アパートの外、道路で。

「じゃあな。
これからは、どんぐりなんてあっためるんじゃないぞ。」

おとこのこが、あたしを心配してくれてた。
きょう、出会ったばかりだというのに、あたしは、いろいろしてくれたおとこのこに、感謝しきりだった。

「うん、わかった。」

あたしは、満面の笑みで、おとこのこに答えた。
お礼を言おう、と思ったそのとき。

「おまえって・・・、ナイフフィッシュみたいなやつだな。」

おとこのこが、突然、言った。

「え?」
あたしには、ちんぷんかんぷんだった。
(ナイフフィッシュって、なに??)

「なんか、あったら、ぼくを呼べよ。」
「うん!!」
あたしは、嬉しかった。
でも、さっきの言葉が気になって、あたまのなかでエコーし続けていた。
だから、おとこのこのつぎの言葉が、しっかり聞けなかった。

「ぼくは、直樹。おまえは?」

「あたしは・・・。」

あたしが、自分の名を告げようとした、そのとき。

「こらっ!!!おまえ、なんで部屋から出たんだ!」
おとうちゃんだった。

「だめだろ、ひとりで外にでちゃ。」
「まったく、忘れ物して取りに返って来てみれば・・・。」

「ごめんなちゃーい。」
あたしは、素直に謝った。
家をでちゃだめ、というおとうちゃんとの約束を、破ってしまったのだから。
でも。
さっきのおとこのこの話は、おとうちゃんに、どうしても、聞いて欲しかった。
いつのまにか、さっきのおとこのこの姿は、なかった。

「あたしねぇ、あのおとこのこに、助けてもらったのぉ!」

あたしは、もう遠くを歩いてるおとこのこを指さした。
おとうちゃんは、「なに、いってんだ?琴子。」という顔をしてた。
でも。
あたしは、しゃべられずには、いられない。

「とっても、やさしいおとこのこだったんだよぉ!!」

おとうちゃんに話をきいてもらいながら、あたしは、おとこのこにお礼をいいそびれてたことに気付いた。
今度、会ったら、お礼、いわなくちゃ。

あたしは、ひさびさに、幸せな、気分だった。
なんだか、心が温かかった。

そして。
ナイフフィッシュに気をとられ、おとこのこの名前を忘れてしまったあたしは、今度もう一度、教えてもらおう、と思っていた。
そのときは、あたしの名前もいわなくちゃ。

(たしか・・・、ナイフフィッシュと同じ「ナ」からはじまった気がするんだけどなぁ・・・。)
いつまでも、考え込む、あたしだった。


Fin


harua
2001年09月09日(日) 02時35分27秒 公開
■この作品の著作権はharuaさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
またもや、わたしの勝手なイタKiss世界(妄想)でしたが、いかがでしたでしょうか?
どんぐりから、いもむしは、わたしの実話です(^^;;;泣かなかったけど(笑)

この作品の感想をお寄せください。
qpWjsopDnCneOl cigjrepuf ■2011年09月20日(火) 10時04分29秒
あ〜、やられましたワ。琴子ちゃん側からと入江君側から見たお話だったのですね。な・る・ほ・ど♪ tsubasa ■2001年09月09日(日) 23時49分27秒
ナイフフィッシュって、そういう意味だったんですね〜。まさに入江くんにぴったり!haruaさんのお話は誰も思いつかないようなお話が多くて、いつも楽しみにしてます。 さくら ■2001年09月09日(日) 20時17分57秒
琴子、本当にかわいいですね*^^*でもナイフフィッシュに気を取られて、名前を忘れてしまうなんて(^^ゞ琴子らしいですね。 すみれお ■2001年09月09日(日) 19時35分19秒
琴子も直樹もお互い出会って救われてたのでいい嬉しかったです。いもむしは自分も経験あります! ERIKO ■2001年09月09日(日) 14時16分44秒
琴子なんか可愛い!琴子と直樹は小学校で出会ってたんですね。 ユッキー ■2001年09月09日(日) 09時20分44秒
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