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EX+4 学祭ハリケーン

   
         
(10)

     

『ラスと、ロイと。

 ヒューとセイルと。

 ボクの。

 大好きなもの』

     

     

と。

高等部組が勝手に不穏な計画(?)を練り始めたのも知らず、渦中のマキと中等部組は既に目的のエントランスに到着していた。

メイド姿のマキと同じくらい注目を集めているのは、広いエントランスの中央辺りに置かれた、純白の模型。大きな机にでんと鎮座したそれは一辺が八十センチ四方の正方形で、真ん中にはセントラルの象徴である三角屋根の鐘楼があり、その両翼に伸びる校舎と渡り廊下で繋がれた建物が再現されている、なんとも素晴らしいものだった。

「何回見ても凄いよねぇ」

入れ替わり立ち代りする観客の間をすり抜けて模型の側まで寄り、暫し無言でその威風を眺めてから、カナンが溜め息混じりに呟く。鐘楼の高さは六十センチもあって、かなりの迫力だ。

「しかも、これを実質二日で仕上げたというから、益々凄い」

カナンの呟きに頷いたジンが言い足すと、マキはまるで自分が誉められたみたいに頬を赤くして微笑んだ。

そう。何枚かの極薄合成樹脂ペーパーを重ね合わせて作られたこれは双子の兄の作品であり、だから、誉められればマキだって嬉しい。

とにかく、そのセントラルの模型は細部まで素晴らしい出来だった。今オープンカフェの催されている中庭には僅かな折り目の陰影を使って表現された煉瓦調の敷石が緩やかに通っていて、ちゃんと、マキたちが以前ランチの時間に使っていた木立とベンチもある。

だから、マキは思う。

ラスとロイは本当にセントラルが好きだったのだと。校舎の壁面を走る溝も、正面エントランスのポーチに架かる釣鐘型の屋根も、校門を入ってすぐの場所にある人工石造りの噴水を模したオブジェも、幼いマキが自宅で見た試作品と、完成品と、本当のセントラルと、少しも違いは無い。

ふと、純白の校舎を見つめるジンとリックとカナンの横顔に視線を移したマキが、自然に、愛らしい顔に柔らかな笑みを浮かべる。

きっと、自分も双子の兄と同じくらいセントラルを好きになるだろうとマキは思った。もちろん、今だって十分好きなのだが、それ以上に。

そして。

この模型には双子の兄の「好き」が、もう一つ隠れている。

マキは静かに友人たちから離れると、足音を忍ばせて白い模型の周りをぐるりと回り始めた。校舎の外観や地面部分を何か探すように念入りに調べ、切り取られて向こうが見える仕様になっている窓と、ガラスに当たる部分を押し込むようにして陰影を利用している窓を交互に眺め、最後に目線より少し高い位置にある鐘楼の中を覗き込む。

丹念に模型を見たマキは元通り友人たちに合流すると、仄かな笑顔を作ってジンの腕をちょんと引いた。

「なんだい、マキくん?」

その控えめな行動に首を捻りながらジンがマキに顔を向けると、少年は少し困ったように、何か探るように浅く眉を寄せ、ことりと首を傾げた。

「…これ、一回たたみたい。やっていい?」

小さくても雑音の少ない伸びやかな声にジンが眼鏡の下の双眸を微かに見開くのと同時、すぐ側に居たリックが勢い良くマキを振り返る。

「ダメ?」

多分、いつもなら無言で、とても困ったように眉を寄せて再度首を捻ってみせるだろうところに繰り出された短い言葉は、ジンとリック、それから、一瞬で奇妙な緊張に顔を強張らせた先述の二人に気付いて顔を向けたカナンと、ジェレミーにも聞こえた。

なんというか。この…ある意味奇跡的事象は、果たして、ジェレミーが居たからなされたのか、違うのか、そこの所をまずはっきりさせようじゃないか! と、昨日に引き続きマキの声を聞いてプチパニックに陥った友人たち(セントラル組)は思った。

「ダメ?」

もう一度聞き返されて、ジンは慌ててマキに向き直ると、とりあえず首をぶんぶん横に振った。

っていうか、それはいつもならマキの取る行動であって立場逆転中。などと、軽く現実認識度の落ちているカナンは一歩後ずさってへらりと笑ったが。

「ダメじゃないと思う。今、管理してる部署に確認を取るから、少し待って」

力一杯首を振ったせいでズレてしまった眼鏡を直したジンは、一瞬の恐慌から立ち直っていつものように薄く微笑んだ。

「…ジンくんて、割とイレギュラーに弱い典型的秀才タイプ…」

こちらはマキの毒舌(…)にさえ慣れているジェレミーがぽつりと零すと、ジンとの付き合いなら誰にも負けないリックが苦笑いしながら肩を竦める。

「イヤイヤ。マキちゃんが絡んでる時だけ、ジンらしく振舞えないっていうか…」

「…そういう人、六中にもいっぱい居たなぁ。そういやぁ」

などと言い合う友人たちをじろりと睨んでから離れて行ったジンが生徒会本部に連絡する背中を見つつ、リックとジェレミーがくすりと笑う。

「いっぱい居たって…、そんなにたくさん?」

またもや模型の周りを回りながら、今度はしきりに地面部分を気にしているマキの金髪から目を離さずカナンが呆れた声でジェレミーに問うと、少年はいかにも難しい顔を作って腕組みし、うんうん、と大仰に頷いた。

「クールビューティーで取り乱したトコも慌てたトコも見せた事ない生徒会長キレさせたり、我侭言いたい放題で「王子」って陰口叩かれてた後輩に泣いて土下座させたり、強面で遊び人だと思われてた先輩が実はすげぇ正義感の強い人だったってロテイしちゃったりとか。ああ、てか、会長と王子は学祭来るかもしれないから、そしたら現物見られるわ」

ジェレミーはそうさらりと言ったのだが…。

マキ・スレイサー、六中時代一体何をやって来たのか!

「つうか、カナンちゃん。マキの所に会長来たら、すぐ逃げなよ?」

「え? なんで?」

唐突に、ジェレミーが眉間に皺を寄せてカナンを見下ろし言う。

「あの人、小さくてかわいいモン大好きで、過剰なスキンシップが殆どセクハラだから」

「待って! それって「クールビューティーで取り乱したトコも慌てたトコも見せた事ない生徒会長」と別人だよね!?」

「というか、その人、ベイカーさんとキャラ被ってない?…」

言われたカナンが藤色の双眸を見開いて悲鳴を上げ…その気持ちは十分に判る…リックが呆れて突っ込むと、ジェレミーはさっきのジン並みにぶんぶんと首を横に振った。

「いや、同じ人。会長、キレてマキと放送室で大喧嘩して、実はかわいいもの好きで乙女回路付きのロマンチストでスキンシップも大好きだって自分で言ったの、学校中に放送されちゃってさ、その後開き直って本性現したモンだから、今じゃ見た目クールビューティーで中身変態だって有名」

「きゃー!」

頭がそんなんで大丈夫なのだろうか、六中生徒会!

そんな未知の生物(…)に来襲されたらどう対処すればいいの! とカナンは、淡い色の双眸に薄っすらと涙を溜めて、傍らに突っ立っていたリックの胸倉に掴みかかり、しかし、如何せん身長と体格の違いのせいで殆ど抱き付いているようにしか見えない状態で、訴えた。

「そこは、マキちゃんにお任せするしかないでしょー」

リックが、よしよし、とカナンの柔らかい光沢のプラチナブロンドを撫でているのを、生徒会本部と連絡を取り終えたジンと模型の周遊二回目を終えたマキが、奇妙な表情で見ている。ちょっと目を離した隙に何があったのか…。

不思議そうに小首をかしげた…今更だが、メイド姿でのこの行動は凶悪にかわいらしいなとジェレミーは思った…マキに、幼馴染が緩んだ表情で頷いてみせる。

「サラバン会長とリケが来たら逃げとけって話を、カナンちゃんにしてたトコ」

言われて、マキはいかにも納得したような顔をして細かく頷き返した。その表情といい仕草といい、ああはいはい、といった感じなのがなんだか可笑しい。

というか。ジェイ、なんで委員長のコトだけ「カナンちゃん」なんだろう。とマキは、むぅ、と眉間に皺を寄せて幼馴染を睨んだ。いや、別に悪くはないのだが。

「許可、どうだった? ジン」

「ああ。マキくんが製作者の弟だって説明したら、壊さなければ構わないと言われたよ。ほら、以前からどこかにサインがあるらしいと噂されていただろう、このオブジェ。その、サインの場所を知っていたら聞いておいてくれだそうだ」

軽く肩を竦めたジンを傍らに佇むマキがくすりと笑う。

「んじゃぁ、ミンさんの好意に甘えっ放しで遊び呆けてるワケにも行かんし、早速取り掛かろうか、マキちゃん」

純白の鐘楼を背にしてくすくすと笑う少年の眩しさに目を細めつつリックが言えば、そうだなとジンとカナンも頷く。それでマキを除く四人は指示された通り模型四辺にそれぞれ一人が立った。

一辺が八十センチで構成された正方形には二十センチごとに切り込みが入れられており、四つに畳める構造になっている。普段収納する際にはまず外側の二枚を内に折り込み、更に中央から二つに折り込んで、横方向にも同様に折り畳むと、一辺が二十センチの立方体になるように設計されていた。

ではさて、畳みましょうか。とジンがリックに目配せし、模型の外周に沿って手を伸ばしたのを、そっと近付いて来ていたマキが腕を伸ばして止める。

「…? 畳むのだろう?」

止められて不審そうな顔をしたジンに、マキはこくんと頷いて見せた。

「畳み方、変えたい」

「変えたい?」

というか、変えられるものだったのか!

新たな驚きに顔を見合わせたセントラル中等部組を、実はその辺りの事情を知っていたらしいジェレミーが朗らかに笑う。

その後、マキがジンの手を取って説明…というか、やはり半分以上はジェスチャーなのだが…したのは、まず、セントラル正面から見て中央の折り畳みラインを山に持ち上げてアルファベットの「W」型に折ってまとめ、横方向も同様に畳んで収納用立方体にする事だった。

「てかさー、普通予定外の方向に折り曲げたら、立ち上がってる部分って破れたりすんじゃねぇの? ふつーな」

それは尤もな意見だと、素晴らしくきっちりした立方体を見つめてリックが漏らすなり、カナンが頷く。

「畳む時、建物部分が割れるように設計してある」

建物部分が、割れる。

「それで、破れたりしないようになっているのか」

ただでさえ八十センチ四方の正方形に収まる大仰なセントラルのオブジェが収納時には一辺が二十センチの立方体になるというだけでも驚きなのに、その上建物まで割れて畳む方向が変わるなどと、誰が想像するだろう。

ジンは、今や展開時の壮麗さなど微塵も窺い知らせぬ純白の立方体をじっと見つめた。

大きなテーブルの上に載った白いそれを、マキが無造作に転がす。さっきまでそこにあったセントラルのオブジェが消えてしまった事に周囲からは探るような視線が注がれていたが、本来なら進入出来ない架台付近に入り込んでいる少年たちは良くも悪くも注目される事に慣れ切っていたから、特に気にするでもなかった。

というか。

ミニスカートのメイドさんがテーブルの上の巨大サイコロ…星はないけれど…みたいなのをころころしている姿に、周りの視線は釘付けなワケだが。

いつの間にか先より人だかりが厚くなっているのに遅ればせながらジンが気付いた頃、不意にマキが顔を上げて、見つめて来る友人たちににこりと微笑みかける。小首を傾げるようにしてきらきらの金髪を揺らした少年は、一瞬で周囲の観客も、柔らかな笑みを送られた友人たちをも魅了した。

適当に転がされて架台中央に戻された純白のサイコロに、マキが手を掛ける。それで、少年が再度それを展開しようとしていると気付いたジンが近付くと、愛らしいミニスカートのメイドさんは顔をやや俯けたまま、長い睫に彩られた碧色の双眸にいたずらっぽい光を浮かべて、友人の顔をちらりと上目遣いで見た。

刹那、一瞬、傍らに並んだジンがどきりと息を詰まらせる。

ほんのりとさくらんぼ色に艶めく唇に上った小悪魔的笑みが、世慣れているくせに擦れていないジンの気持ちを忙しなく掻き乱し、いつ何時も冷静沈着、もしかしたらこの若さで一部世捨て人的思考さえ持ち合わせていた少年に、歳相応の幼い顔を晒させた。

束の間硬直したジンの、激しく動揺する内情など露知らず、マキは綺麗に折り畳まれていた模型をするすると解き始める。架台の左端に据えた立方体の上部を右へ右へと延ばして開き、横長の長方形にした所で目一杯手前に引き寄せてから、ジンに手伝って貰って残りの部分を奥へ一気に開く。

そこを持って、後ろに引っ張って。と無言で指示されたジンは言われた通りに模型の端を掴んで架台の横を移動しながら、先に胸を締めた意味不明の焦燥…のようなものを忘れて首を捻った。

開き方が、折り畳んだ時と変っている?

少年がそう考えた、直後。

元通り開かれた模型の中央が立ち上がり、わあっ! と固唾を呑んで見守るギャラリーから歓声が上がった。

「――――これ…」

「お城だ!」

架台周辺に集まっていたリックとカナンが溜め息のような声を漏らした途端、立ち入り禁止の柵を囲んだギャラリーから自然に拍手が沸き起こる。

そう。つい数分前まで純白のセントラルだった模型は今や、中央に聳え立つ尖塔群と釣鐘型の屋根を持つ議会ホール、大小幾つもの建物、人工林を縫う城内通路を備えた、ファイラン中枢である王城に早変わりしていた。

頬を赤く染めたカナンがすごいすごいと連発しながら、恥ずかしげに微笑むマキに抱き着く。そのはしゃいだ様子を目端に捉えたまま、ジンは瞬く間に出現した純白の城の模型に目を奪われ、改めて、双子のスレイサー兄弟の天才ぶりに感嘆した。

「セントラルの中に、城が隠れていたのか…」

確かに双子は都市計画学や構造学を修め、片割れは今飽和状態に近付きつつある都市の居住空間に快適さを求める新しい事業に携わっていると聞く。それにしても、これは…。

組み換えによって外観の変る、模型。

「確かに、「伝説」と呼ばれるだけはある」

その明晰な頭脳を如何なく駆使し、伝説のスレイサー兄弟と呼ばれた天才。

しかし?

何か、追い付けない何かを遠くに眺めるような表情で王城を見つめるジンの腕に、マキがそっと手を置く。それに気付いてはっとした少年が眼鏡の奥の双眸を見開いて振り向くと、白いヘッドドレスも清潔なメイド姿の少年が、また、少しいたずらっぽい表情で肩を竦め、小さく舌を出した。

マキはそっとジンの手を引き、正面大門を入ってすぐのロータリーを指差す。

     

「ラス&ロイ」

     

白い道に色の無い引っかき傷のような文字で記されたそれこそが、この模型に残されていると噂されていたサインだった。

学園祭残りの一日、セントラルの模型だったものは王城の模型に姿を変え、「伝説のスレイサー兄弟」は双子に末っ子を含めた三人になった。

       

   
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