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EX+4 学祭ハリケーン

   
         
(2)

     

『小隊長へ

この前セイルが送って来た荷物の中に、指(!)っぽいものが入っててすごくびっくりしました。脅かさないでください。

ないと困る? よね。

送り返したいので、住所教えてください。

セイル経由だと、いつ届くか判らないでしょ?

マキ』

     

     

襟に挟んでいたリモコンを操作して通信機を起動すると、耳孔に突っ込んであるイヤホンからマスターの少し苛立った声が聞こえてジンは、つい数分前、彼はだめだと考えていたのがバレたような、少しだけ後ろめたい気持ちになった。

「どうかしましたか?」

なんとなく周囲をぐるりと見回しながら問う視界に、並べられたテーブルの間をゆるゆると進んで来る白と黒の二人連れが見える。カフェワゴンを押すメイドさんと長身のギャルソンは、お客の視線を一身に集めているようだった。

『休憩中?』

「はい。いま、カフェの椅子に座ったばかりです。緊急なら…」

耳に手を当てて微かに唇を動かしているジンに気付いたのか、ワゴンを押す…飴色のポニーテールを揺らしたメイドさんがにっこりと微笑む。それに会釈を返しながらちらりと視線を動かせば、ラルゴの背後をゆったりと歩くラドルフの頭が微かに旋回したように見えた。

『いや、急行してって話じゃないんだ。ただ、今から巡回するなら、制服、どっかに捨てられてないか気を付けて見てくれないかな』

「制服ですか?」

『そう。ブラスバンドの控え室から、身分証明書入りの制服が一式消えちゃったらしくてね。他の、金目の物は一切やられてなかったんだけど』

淡々と語るマスターの声を聞きながら、ジンが眉間に皺を寄せる。なんだ、そのコレクターは、気持ち悪い。

「判りました。じゃぁ、催事の際に着替える場合は控え室の施錠を忘れないよう、巡回中に言っておきます」

それじゃよろしくといつものように軽い口調で言い置いて、マスターはさっさと通信を切断したようだった。中身が何でも盗難は盗難。極力発見に努め犯人を挙げなくてはならないから、警備責任者は忙しいのだろう。

ジンがマスターとの会話を終えるのと、ラルゴの押すワゴンが彼らのテーブルに到着したのは殆ど同時だった。固くて小さいタイヤをロックしたメイドさんが笑顔で丁寧にお辞儀してくれる。

「いらっしゃいませ。二人とも今日は忙しいんだ?」

カナンの注文したパンケーキのセットを運んで来たラルゴが、手際よくそれらをテーブルに並べながら言う。

「今日は一日巡回っすよ〜。今座ったばっかなのに、ベイカーさんから働けって通信来たし」

わざとウンザリ顔で答えたリックを、ラルゴは華やかに笑った。

「あの人に逆らっちゃダメだよ? 二年前の記録会で、なぜか同じ組の幅跳びの選手がベイカーさん以外全員棄権したって、謎の事象を引き起こすような人なんだから」

本当っぽくて怖い。いや。事実らしいが。

同じテーブルだったからだろう、頼んだばかりのジンとリックの紅茶も支度されていて、ラドルフは苦笑いしながらティーポットとカップを運んでくれた。同意もなければ否定もないのは、マスターが怖いからなのだろうか。

「催事中に置き引きがあって、制服が一式持ち去られたそうです。ミンさんたちも気を付けてください」

「制服ぅ?」

笑顔で紅茶を差し出したラルゴに笑顔を返したばかりのカナンが素っ頓狂な声を上げるなり、誰もが嫌そうに顔を顰める。なんだよそれ、気持ち悪い。というそれぞれの内心を如実に現す表情に、ジンはクソ真面目な顔で頷いた。

「委員長たちも、控え室の施錠はしっかりするように。それから、どこかに制服が捨てられているのを見かけたら、触らずにすぐ僕たちに連絡して」

「キミ、昨日も来てたよね? 委員長って…」

ジンの眼鏡越しの視線がカナンに移るのと合わせて、ラルゴがちょっと首を捻った。長い飴色の髪がさらりと揺れて肩を滑る。

「ああ。マキちゃんのクラスの委員長なんだよ、こちら」

リックに掌で示されたカナンがちょっと頬を赤らめてラルゴに会釈すると、彼は急に何か納得した顔をしてにこりと微笑んだ。ちなみにラドルフは生徒会のメンバーだからカナンの顔を覚えていたらしく、あまり不思議そうではなかった。

「カナン・メイハーです」

ぺこりと頭を下げたカナンをしげしげと見つめていたラルゴが、不意ににやりと唇の端を持ち上げる。やや艶めいた印象の顔に一時いたずらっぽい色が浮かび、なんとなく、カナンはどきどきしてしまった。

「惜しいなぁ。予備の衣装があったら、是非カナンくんにもメイドさんになって欲しかったかも」

わざとのように肩を竦めて残念そうな顔をしたラルゴと、きょとんと藤色の双眸を見開いたカナンを交互に見遣ってから、リックとジンは「ね?」と軽い口調で言って昨日の朝の遣り取りを少年に思い出させ、盛大に顔を顰めさせた。

     

     

今日はランチを挟んで、交代ではなくマキも同時にフロアに出るのだとラルゴは言った。そういえば入口に掲げられていたシフト表に書いてあったなと思いながらジンとリックは、ならば心の安寧のためにあの癒し系友人の顔くらい見てから巡回に戻ろうと、一瞬の目配せだけで意志の確認を図る。

そういう所、やはり二人は生まれた時から付かず離れずを保っていたと言うべきか。それぞれの考えをそれぞれが確認し肯定するのに、言葉という媒介は必要ない。

ラクロスの試合を控えているカナンは、ふんわりしていて仄かに甘いパンケーキにクリームとラズベリーのシロップが飾られているのを目で楽しみ、渋みの少ないダージリンと共に頂いてから、慌しくてごめんねと言い置き席を立った。

「試合、時間あったら観戦に行くよ、委員長」

「忙しいなら無理しないでね、二人とも。結果は、マキの次に報告するから」

足元に転がしていたドラムバックを担いだカナンに、椅子にふんぞり返ったリックが小さく手を振りながら言うと、少年は少しはにかんだように笑いながら返して来た。

「マキちゃんの次かよー」

「当たり前でしょう」

情けない声を上げたリックからつんと顔を背けたカナンを、こちらは中等部の生徒が楽しむには少々上級向けとも思えるアールグレイのカップを置いたジンが、小さく笑う。

「じゃぁ、ぼく、遅れないようにもう行くよ。マキによろしく」

軽く手を挙げて笑顔を見せたカナンに、リックとジンも手を挙げて答えた。

カフェは今日も盛況だ。歩き回るラルゴを目で追いながら額を寄せてひそひそと囁き合うセントラルの生徒や、私服の少年たち。父兄なのか一般客なのか、大人たちも随分といる。

これだけ人の出入りが多い上に、人目を引く「メイドさん」が歩き回っているにも関わらず、カフェ内では些細ないざこざもラルゴに対する品のないからかいもない。

「元々、生徒なら大抵ここが競技科と拳闘科の催事だと知っているから、下手な騒ぎを嫌うんだろうな」

お行儀よくお茶を頂くお客たちをぐるりと見回し、ジンがぽつりと呟く。

「しかもかわいいメイドさんには女王杯二連覇のキングが護衛に着いてるし」

「エルマさんの正体を知らない一般客も居るけれどね」

実際良く見ていれば、通りすがりにラルゴの身体に触ろうとする者や、下卑た視線を投げて来る者が居ない訳ではないと二人も気付いただろう。しかし、さすがはラドルフと言うべきか、本人に被害が及びそうになる直前、彼はさり気なく位置を移動したりラルゴに声を掛けたりして、そういったストレスから友人を遠ざけている。

だからやはり、マスターは考えあってメイド付きのギャルソンをラドルフとカナメにしたのだろう。認めたくない訳ではないが微妙な気分だなとジンは、浮き沈みの激しいマスターの評価をどうすべきか、暇潰しみたいに、考えた。

「…なんか、急にお客さん増えてねぇ?」

ジンがそんな詮無い事を思い浮かべている間周囲を眺めていたらしいリックが、小声で呟く。それに気を引かれて辺りを見回せば、確かに、通路を行き来するお客の数が増えているようだった。

それで、なんとなく腕時計に視線を落としたジンが「ああ」と腑抜けた声を出す。

「そろそろマキくんがフロアに出た頃だ」

「ああ。話題のメイドさんをコンビで見ようって魂胆ね…」

リックが乾いた笑いを漏らした、直後、くねった通路の向こうが俄かにざわめいた。

自然に旋回した視線の、先。

擦れ違うようにふたつ並んだ白いカフェワゴンを挟んで、似たような色合いの二組が向かい合っているのが見える。ジンたちに向けられた背にはさっき見たばかりの長い飴色がゆれ、俯くようにしたラルゴの細い手が、柔らかな金髪に映える白いヘッドドレスに触れていた。

その腕を迎えるのは、はにかんだ笑顔。薄っすらピンクに上気した頬さえ想像出来る小さな人影は、今日もあの無垢な笑みで周りの誰もをノックアウトしているのだろう。

「マキちゃん、今日もかわいいなぁ…」

テーブルに頬杖を突いたリックがうっとりと呟き、ジンは。

「お前の視力の良さが羨ましいよ」

と、未だぼんやりとしか見えない友人を見つめたまま、呆れたように漏らした。

     

   
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