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番外編-5- 夢が見れる機械が欲しい |
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動き易い服に着替えて待つように、というヒュー・スレイサーの指示に従って、その時実戦室にいたデリラ・コルソン衛視、アン・ルー・ダイ魔導師、と? 「……タマリさん、寒くないんですか?」 なぜなのか乱入して来ていた王都警備軍電脳魔導師隊第七小隊副長タマリ・タマリ魔導師に、袖と裾の広い生成り色の上下、という実戦用胴衣の帯を締めながら、アンが不審そうに問いかける。 「にょ? ああ。寒くなったらデリちゃんの懐に逃げ込むからよいのよ、タマリさんは。つうか、寒かないでしょ、仮にも格闘訓練しよってんだからさぁ」 はぁ。などと生返事しつつ少年が、アンダーウェアを被った時に乱れてしまった色の薄い金髪猫っ毛を手で梳きながら、更衣室のロッカー備え付けの鏡を覗き込んだ。そこには、色の白い小さな顔を飾った、ほどほどに睫の長い大きな水色の瞳の、もういい加減大人の仲間入りをしてもいいはずなのにいつまで経ってもどこか少年っぽい顔の自分と、自分の肩越し、これからようやく着替え始めるのだろう同僚の背中が映っていた。 アン少年の同僚、デリラ・コルソンはスラム上がりで、王都警備軍一般警備部から電脳魔導師隊を経て特務室の衛視にまで上り詰め、尚且つ、美人で優しい貴族の伴侶を持った、一部では伝説的(?)な玉の輿系(??)出世頭などと言われていた。 しかし、デリラを知る大抵の人間は、彼はその幸福に落ち着くまで、多分、多大な犠牲を払い数多の苦労に振り回され、大いなる巻き込まれ型災害を乗り切ってきたのだ、と、そういうやっかみ混じりの一般的意見を一笑に伏すだろう。 やや浅黒い肌に、一重瞼で完璧座った目付き。顎の細い、鼻筋も細い、削いだような印象の顔のラインとか、濃い茶色の髪をほとんど坊主頭にしているのだとかを含めて、第一印象「悪人顔」ながら、彼は面倒見がいいとアン少年は思う。 思い起こせば、数年前。魔導機の顕現も終わらせていない見習いの身で電脳魔導師隊第七小隊に配属願いを出し、小隊長だったハルヴァイトに許可されて警備軍に入った時、右も左も判らず戸惑う少年の世話をなんだかんだと言いつつも焼いてくれたのは、この、どう見ても怖そうなデリラだった。 まぁ。 当時の第七小隊といえば、「あの」ハルヴァイト・ガリューに、貴族の元締めミラキ家のうら若い当主ドレイクに、陛下との婚約を蹴って家を飛び出したナヴィ家のアリス、という、物凄い組み合わせだったのだから、誰が親切にしてくれても色んな意味で怖いと思うのだが、今思えば、彼らは誰もアン少年が魔導師系貴族ダイ家末席のそのまた末っ子で、過去にろくな魔導師を排出した試しのない三流だなどと言われていたのを微塵も気にかけていなかったのだから、十二分に優しく(?)されていたのかもしれない。 …。いや。訂正。そういうものが気になる人間がいなかっただけか。 などとなぜなのか今頃懐かしい事を思い出しつつ鏡に映るデリラの背中を見つめていたアンの視界を、脇からひょこんと現れた黄緑色のショートボブが掠める。 「あ。デリちゃんの肩にキスマークみっけ」 「…………………嘘言うんじゃねぇのね、お前は」 ビシッ! と、目線よりやや高い位置にあるデリラの左肩に人差し指を突き刺した黄緑&オレンジのサイケデリックな原色の塊を、首だけを向けてじろりと睨む、デリラ。 タマリは、完璧少女っぽい小さくて可愛らしい顔に鎮座する、微風を巻き起こしそうに密集した長い睫とペパーミントグリーンの大きな目で、睨んで来るデリラににこにこと笑みを返していた。腰に右手を当て、左の人差し指をデリラの肩へ置き、毛先のピンと跳ね上がった黄緑色のショートボブを揺らして、ああ? と…そこだけガラ悪く答える。 身体にぴっちりした、眼底の痛くなるようなド派手なオレンジ色のTシャツに、黒いハーフパンツ、という姿をされると、胸がない以外でタマリを男だと判別するのは難しい。 というくらい完全無欠に美少女チックな細っこい身体の線と、いつ何時でも笑顔を絶やさない愛らしい顔。しかしアンは、鏡の中でじゃれあうデリラとタマリを見つめて、人知れず小さく溜め息を吐いていた。 それ、を聞いたのは、何度だろう。 最初はミナミだった。それから、ハルヴァイトもいつか言った。デリラも、アリスも、ドレイクも、タマリとコンビを組むスーシェ・ゴッヘルも、そして、ヒュー・スレイサーも、言った。 あの笑顔は悲壮だと。 枯れて行く植物のようだと。 色を無くし終わって行くものだと。 「すーちゃんに告げ口するもーん、デリちゃんの浮気発覚だ」 「だから、違うって! つうかね、痛ぇから押すのやめなさいよ」 てりゃぁ! とおかしな奇声を発したタマリが、やめろと言われたからだろう…、再度、どす、とデリラの左肩に指を突き刺す。それを鏡の中にぼんやり眺めていたアンが急に、あ? と腑抜けた声を上げ、デリラとタマリが同時に少年を振り返った。 「なにかな? アンちゃん。デリちゃんの浮気に心当たりあるのかな?」 言うなり後頭部を強かひっぱたかれたタマリがその場に蹲り、少年は慌ててロッカーを閉め、涙目で唸っている黄緑オレンジの塊に飛び付いた。 「それってさ? デリ。もしかして、朝に着いたアレ?」 「もしかしなくてもソレだよ。あと半日もしたら赤いの通り越して黒くなるよね、きっと」 不機嫌そうに腕を組んで見下ろしてくるデリラの座った目付きから顔を背けたアンが、「あちゃ☆」と肩を竦める。 「ん? なんだい、その意味深な会話は。タマリさんにも教えてよ」 着替え途中なのだから当然だが、晒したままの、鍛えているのだろうデリラの筋肉質な肩、左のやや背中側にぽつりと着いた赤い記しは。 「いやー。ぼくとアリスさんが朝にね…」 アリスのデスクに置かれていた様々な物に紛れ込んでいたアンの臨界式ディスクを、彼女は気軽に少年へと放って寄越した。しかし少年はそれを受取り損ね、掌で弾いて。 「丁度、ソファに座ってたデリの肩に、ごつんて…」 てへー。と恥ずかしそうに笑うアンの顔を呆然と見上げていたタマリが、俄かに渋い顔をする。 「アリちゃんがノーコンなのか、アンちゃんの運動神経が死滅してんのか、どっちさ、デリちゃん。つか、おめーはそこでも巻き込まれるか?」 これまでの人生、巻き込まれ型災害には苦労した事のない、デリラ。 「受け取れないってね、判断した途端になんとかってぇ魔法でディスク弾き飛ばしやがったよね、ボウヤが。それで、大将とダンナは多いに褒めてたよ、ボウヤをね」 「…何をしました? アンちゃん」 「…エアード系の弾性プラグインです…」 「そゆときは手っ取り早く力場干渉でダウンさすんだよ、ぼけ!」 「あ。落下命令か。なるほど」 床に座り込んだタマリの隣にぺたりと腰を下ろしたアンが、ぽんと手を打つ。 「でー、エアード系弾性つったら、インパクトかな?」 「ぼくのバックボーンじゃ、そんな高位プラグ挿し込めませんよ。クッションがいいとこです」 足元に座ったタマリとアンが、ちょっと難しい顔でああだとこうだと言い合うのをBGMに、デリラは着替えを再開した。片や相当な実力(らしい)小隊副長、片や実力は大した事がない(という噂)ではあるものの、何やら一癖二癖では済まないらしい電脳班のホープ、という魔導師二人の会話に、たかが砲撃手が入れるものか、というのがデリラの感想か。 「そのワリに、デリちゃんの痣しっかり着き過ぎじゃね?」 「上空に弾いたのが自由落下して、結局ケースの角が当たったんです」 「せめて、接点角度の微調整まで出来たらよかったのにね。残念だな。エアード系のプラグだけでも、物体Aを任意の場所Bに「置く」って行為は無理じゃないんだよね、制御さえ出来りゃさ。力場干渉、ベクトル系だとどうしても「落とす」事しか出来ないんだけど、実は、エアード系なら「置く」のも可能。ただしこの場合はクッションレベルの弱弾性プラグと、アブソーブ系の衝撃吸収プラグの同時発動、物体Aの落下状態とか、弾く場合の角度とか、計算めんどいよ」 「…………面倒なのかね? それってのは」 「あ」 インナーウェアらしい黒い長袖のプルオーバーに首を通したデリラが問うのとほぼ同時に、アン少年はそれまで見つめていたタマリから、その上空へと視線を流した。 「面倒って…、まぁ、デリちゃんの思う「面倒」ってのと色々違うにしてもさ、ただ落とすよか計算量が多いのよ。それがね? こう、放物線を描いて自重と重力の関係による自由落下してる物体の場合、例えば接地までの時間を一秒だとして、単純に計算式が多かったら行動開始までの時間が遅れるって事よ」 例えばそれがコンマ一秒以下の時間で行われるとしても。 「時間」は、動いている。 「だから、次は別の手で、ってガリュー班長言ったんですかね、ぼくに」 そう。ちょうどディスクが肩の骨を直撃し悶絶しているデリラと、慌てて謝るアリスとアン。そんな一部を置き去りにしたハルヴァイトとドレイクは何か言いたげに顔を見合わせ、少し笑い、よくやった、アン、と少年に声をかけた。 しかし、ドレイクは単純に褒めてくれただけだったが、ハルヴァイトは最後に「でも、次は別の手の方がいいと思いますよ、あなたならね」と言い足したのだ。その意味が判らないアンがきょとんとしても、無理難題を平然と吹っかけて来る上官はほんのり笑うばかりで、それ以上は何も言ってくれなかったが。 「ほうほう。さすがハルちゃん、かなー。なんだかんだで無茶は言うけど、原理が判っても出来ない事は強いて来ないワケね」 さもなんでもなさそうに言い捨てて立ち上がったタマリのにやにや顔を、デリラがじっと見つめる。 「そりゃアレかね、タマリ。ボウヤにゃ出来ねぇって事なのかね」 「出来ねぇんじゃね? とアタシは思う」 少年には。 「つうか。アタシも多分ぶっ壊すだろうし」 ではない? 「だからさ、決定的に制御難しいんだってば、その方法は。プラグの選択としては悪くねーのよ? それはタマリさんも賛成。どこも壊さず、傷付けずにちゃんと「置く」事出来んならさ、それに越した事ぁねーでしょ? で・も。対象となる物質Aの重量密度材質硬度衝撃耐性とかさ、理屈以外の部分つうのもかなーり関わってくるワケよ、その方法じゃ。だからハルちゃんは、そのインスピレーションは褒めるに値するけど、手段は変えろつったんだね、アンちゃんに」 気軽に言いながらまたもにこにこと笑う、タマリ。無理だよ、お前には。という内容ながら、その軽い口調と声は、まるで少年をからかっているかのようにしか感じられない。 「タマリにも出来ねぇのかね、それは」 「出来ないよ。無理。予想軌道はほぼリアルタイムに計算しなくちゃなんねーもん。多分ねー、そゆこと現実で出来んのは、ローパパかーーーーーー」 制御系の最高峰、ローエンス・エスト・ガン小隊長か? 「―――」 ふと、難しい顔で黙り込む、タマリ。 床に座ったままその険しい顔を見上げていたアンが、もしやと…思った途端、珍しく笑っていない顔で黄緑色が、ぼそりと呟いた。 「レイちゃんなら、やるかも」 そして、まさか、とも思う。 「んで、レイちゃんは、アンちゃんにも出来るって、思ってんのかも」 だから。 「ダンナ、別な手考えろって一言も言わなかったね、そういやぁ」 根拠のない自分たちの話しに、三人はやや緊張した顔を見合わせた。 「…で? お忙しいところ済まないが、魔導師の皆様方。そろそろ、ここが道場だってのを思い出してくれると助かるんだがな?」 いつの間に現れていつからその会話を聞いていたのか、ロッカーの途切れた向こうに腕を組んで立っていたヒュー・スレイサーに突然言われた三人は、飛び上がって驚き、慌てて着替えを済ませコートへと向かった。
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