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番外編-10- からくりキングと嘘つきピエロ |
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まるで高価な貴金属でもあるかのように。 まるで繊細なガラス細工の芸術品であるかのように。 恭しく仰々しく且つ必要以上に丁寧に取り扱われるソレを見て、ヒュー・スレイサーは思わず。 「アホか」 失笑しつつぽそりと漏らした。 「いや! ヒューさんの気持ちはさっぱり判りませんけども、とりあえずここはそっとしておいてください主にガリュー班長を!」 そう広くはないが酷くがらんどうな部屋の中央にぽつんと置かれたデスク…ギイル隊長の指示の元、今しがたどこかから運び込まれたばかりの…に、なぜかゴム手袋装備でやたら黒光りする箱を置いたばかりのアンが、水色の目を潤ませて超高速で振り返り、平然と毒を吐くヒューを窘める。 「……とりあえず、話が進まないから君は一旦退室だ…」 さすがにこちらもアンの、というか、分厚い壁の向こうに居て監視用のモニターで室内を見ているだろうその他大勢(?)の気持ちと言うか、機能…というかがさっぱり判らないヒューが、無情にも少年を手で追い払う。 それでいささか不満顔をしつつもアンが部屋を出ると、重厚かつ堅牢なドアががしゃんと閉まり、室内には微妙な空気が流れた。 「班長、いくらなんでももう少し当たり障りのない言い方した方が…」 「コレ相手にどうしろと言うんだ、一体。確かに熱と磁気に弱いと言ったのは俺だがな、ジル。だからといって、防磁容器に入れて防電室に運び込めとまでは言ってない」 やれやれと肩を竦めたヒューの背中で揺れる銀色を眺めていたミナミも、無表情ながら微妙な気配を纏っている。 「確かに、ここまで本気過ぎるとさすがの俺でも突っ込めねぇつうか」 さて。 城詰めの衛視様方の一部が半笑い…もちろんミナミは笑わないが…で見つめる先に鎮座しているのは、先に銀色が言った通り防磁容器で、中には。 「で、実際さ、「アナログフィルム」ってのは、そんなデリケートなモンなの?」 クレイ・アルマンドがうっかり録画してしまった襲撃現場の収められた、アナログフィルムが一本だけ入っていた。 何の気負いもなくさっさと防磁容器に近付いたヒューが、事も無げに黒い箱にキーを差し込み、ぱかりと蓋を上げる。 「簡単にコピーやバックアップの取れるデジタルディスクよりは、多少取り扱いが面倒かもしれないな。ダビングにもそれなりの時間は掛かるし、フィルムが絡まれば見る事も出来なくなる可能性も高いし、高温にも弱い。特に、磁気に晒されると録画された映像があっさり消えてしまう事もある」 それを聞いて、ミナミは無表情に悩んだ。 んー。んー? んー…。 「いくら魔導師だからって、あの人らがそうしょっちゅう電気撒き散らしてるワケじゃねぇだろ。―――多分」 「アイリー次長が判らないのであれば僕らにも判る訳はないんですが、それでもアンさんがここまで準備させたって事は、ある程度の危険性があるんですかね?」 こちらは、急遽撮影所から借りて来たポータブル映写機を抱えていたジリアンが、言いながら小首を傾げる。 「電磁波でも出てるんじゃないのか? 魔導師ってのは」 「調理器具みたいに?」 「うん、そろそろ止めてやれ、それ。本気で監視室の機材がショートする」 真顔で首を捻ったヒューに、けらけらと笑いながらデスクに映写機を置くジリアンが答えて、ミナミが覇気なく突っ込む。今頃隣室では、調理器具扱いの魔導師様が額に青筋を浮かべているだろう。 結局、クレイが「うっかり撮影」してしまった襲撃時の映像は、フィルムだけをヒューとアンがラド邸から持ち帰った。 「それにしても、班長。よくアナログフィルムの取り扱いなんて知ってましたね。幾らご家族にムービー関係者が多いと言っても、まさかこんな骨董品みたいな機材まで詳しいとは」 「アリシア・ブルックがムービーチャンネルでずっとやってた、無声映画のショート・ショートって、あれ、フィルム撮り? 街角に立ってるだけの、あれ」 てきぱきと映写機の設置をしつつ問い掛けて来たジリアンにヒューが答える前に、ミナミが無表情に小首を傾げる。 「そう。しかもあのシリーズのカメラマンは、実はフォンソルだ」 つまり、物言わず辻に立つ伴侶を撮っていたのか。 詳細は省くが、だからフィルムの扱いに慣れる必要があったのかとちょっとだけ納得し、ジリアンとミナミが目を合わせて頷く。持つべきものは偏った知識の同僚? 部下? 上司? か。 とにかく、だ。 「それにしても、クレイ・アルマンドさんはよく録画してましたよね、自分が襲われてる最中に」 正真正銘の偶然、ラシューと名乗る襲撃者に襲われている真っ最中に、どこをどう間違えたのか、運命のいたずらか、なんなのか、力を入れた拍子に押されたレコードボタン。それは記号ではない、ゼロとイチではない、見たまま、聞いたままのその時の映像を、しっかりとフィルムに焼き付けていたのだ。 簡単には書き換えられない。 簡単には消し去ってしまう事も出来ない。 脆弱な、「映像」として。 否。 それは簡単に上書きされて消えてしまう。 それは簡単に引きずり出されて見られなくなってしまう。 それは簡単に複製する事も出来ない。 しかし。 それ、は、間違いなく今、ここにある。 「それが、クレイ・アルマンドの「才能」だって事なんだろうな」 支度された映写機にフィルムをセットしながら、ヒューは溜め息混じりにそう漏らした。 それ、を「才能」などと本気なのか冗談なのか判らない言葉で表したのは、珍しく感情も露わな不愉快顔のベッカー・ラドだった事を告げた、直後、個人的な付き合いもあるというデリラが、薄らと顎を覆う無精髭を掻きながら大きく肩で息を吐き、こう言ったのだ。
「あれだ、ベッカー。その後、寝込んだよね?」
確信的な言い方だった。 そもそも、それ以前から余り体調が優れない様子ではあったから、ヒートが原因で、と言いかけたアンを、デリラが静かに制した。 目を閉じて、首を横に振り。 「努力じゃどうしようもねぇモン、て意味? だと思う? ヒュー」 多分似たような事を考えたのだろうミナミが、手際よく映写の準備を進めるヒューを無表情に眺めながら小さく首を捻る。 「さぁ、どうだろうな。だが俺なら、あれをすぐに「才能」だなんて思わない」 多分、思えない。 「ラド副長と言えば、スゥ小隊長から聞いた話なんですが、常々自分は何をやっても裏目に出る、疫病神みたいなものだと思っている節があるらしいですから、もしかしたら、何度も偶然を味方に付けたクレイ・アルマンドを羨んだのかもしれませんね」 映写機にデジタルコピー用の機材を接続しながら、ジリアンが吐息のように呟く。 「あのやる気のねぇ人が? 世の中なんかどうでもいいって顔して…て…―――」 忙しく働く二人を見るともなしに見ていたミナミはそこまで言って、不自然に言葉を切った。 ああ、そうか。と、不意に思う。 ふと、「判る」。 「どうした、ミナミ」 壁に寄り掛かって腕を組んだまま、ミナミはじっと、ヒューの手元にあるフィルムを見ていた。 「ラド副長って、意外と負けず嫌いでプライドの高ぇ人なのかもしんねぇ」 まったくそうは見えないが。 いや、そうは、見せないが。 「えー、そうは見えませんけどねぇ。こう、何にも関心ありません、関係ありません、って感じじゃないですか?」 「そう。だからさ、そう思われてぇんだよ、ラド副長は、多分」 憶測でしかないけれど。 誰も羨んだり恨んだりしたくない。自分を必要以上に卑下したくない。しかし、何をやっても裏目に出て、何も上手く行かない。酷いジレンマだ。だから彼は。 目を背けるのに、必死。 「なんつったら良いんだろ、きっとさ、どっかでラド副長は自分が「カラ回ってる」つうか、「もがいてる」つうか、そういう風に思ってて、でもそれを誰にも知られたくなくて、自分のそういう「格好悪い」つうんじゃないけど、そういうトコをさ、見せたくもないし、そう見られたくもねぇんじゃねぇ?」 だから何にも関心ないようにして、誰にも関心を持たれないように、して? 「そりゃぁ、随分と息苦しい生き方だな」 「だから、あの頭痛なんじゃねぇの?」 抑圧された、感情は行き場がない。 自分の内側でただ、ぶくぶくと…。
破裂しそうに、泡立つ。
「だとしたら、一年に一度くらい大通りの辻に立って、大声の一つも張り上げればいいんじゃないのか?」 「ヒューじゃねぇんだから、出来ねぇだろ、普通」 いや、俺だってそんなアホな事はしない。と冷静に返されて、ミナミは無表情にぺろりと舌を出した。 「まぁ、それは冗談だとしても、誰か一人にでもいいから、弱音くらい吐ければ少しは呼吸が楽になるのかもしれませんね」 薄く微笑んだジリアンの言葉を、ミナミとヒューは無言で肯定した。 何をやっても裏目に出る、上手く行かない。今度こそはと思っているのに、やっぱり世の中は自分の希望通りにはなってくれない。もちろん、何でもかんでも、誰もが望み通りの結果を出している訳ではないけれど、それにしても、自分の考える「悪い方」へとしか物事は進まない。 だから望みたくない。 だから関わり合いたくない。 だから目を背け。 だから―――。 ―――でも。 偶然、クレイ・アルマンドが撮影した襲撃者、ラシュー・エドワドソンの顔がぱっと壁備え付けのモニターに映し出されて、ミナミは、そのどこか恨みがましい若い男をぼんやりと眺めながら、小さく息を吐いた。 ベッカーを含む特務室側は、セイルとクレイを軟禁状態にして護ろうとした。そうすれば、今すぐ「敵」に危害を加えられることは無いだろうと。それが最善…では無いにせよ、比較的安全にこの「ラド邸襲撃事件」をやり過ごす手立てだと思った。 しかし、実際はどうだ。 勝手に屋敷を飛び出して行って、勝手に「敵」に接触したクレイは、二つの功績を齎したではないか。 『見ましたか、ミナミ』 室内備え付けのスピーカーから漏れたハルヴァイトの声に、問われたミナミは部屋の中央に佇んだまま頷いた。 「うん、見た。これが、ラシュー・エドワドソン。オレは、覚えたよ」 記録を、記憶し。 一字一句間違えず、憎々しげに歪んだ発言を記憶、し。 「巡回の警備兵がスタジオに到着した時には既にラシュー・エドワドソン逃走後でしたが、ラド副長の仕込んだ臨界監視プログラムは間違いなくダーゲットの臨界への接触を確認し、マップ上に発信源をマーカーしていました。つまり、テストなしで強引に相手電脳に組み込まれた追跡システムも、正常に稼働出来たという事ですよね?」
「悪魔は悪魔だ! ハルヴァイト・ガリューだよ!」
ラシューが叫ぶ。 『ラシューとか言う奴の顔はミナミが覚えた。となりゃぁ、こいつは素顔でお日様の下は歩けねぇ。だったら今まで通り誰かの「顔」を借りるなり、適当に顔を変えるなりすりゃいいんだろうが』 『ラド副長のプログラムが正常に稼働しているとなれば、ラシュー・エドワドソンが臨界に接触する度警備兵が動きますよね? 向こうは一人、でもこちらは人海戦術が使えますから…』 隣室の話し合いだろうか、ドレイクの気安い呟きに、アンが問い掛けている。 『位置が確認出来ても、捕獲する必要はありません。とにかく、徹底的に追い回すだけでいい』 『捕まえないんですか?』 『すぐには』 簡潔なハルヴァイトの答えに、ミナミは無表情で呆れ、ジリアンは不思議そうに黒縁眼鏡の奥の双眸をぱちくりさせ、ヒューは渋い顔で大仰に溜め息を吐いた。 「ガリューらしいと言うべきか? それは」 「どの辺がです?」 未だハルヴァイトの意図が判らないのだろうジリアンが重ねて問い、ミナミはついに肩を竦めた。 「だから、追い回すんだよ、徹底的に。朝も昼も夜も、臨界に接触した、つまりさ、何かしようと動きを見せたら、とにかく、追い掛ける。捕まえねぇけど、逃がしもしねぇ」 それは、それは、まぁ。 「苛立たせるんだ、ジル。それこそ、自棄を起こして辻に立ち、大声でガリューを罵倒したくなるくらいにな」
「ちくしょーー! 覚えてろ、てめぇら! ぜってー、ぜってー目にモノ見せてやる、必ずだ!」
「―――あれは、絶対、雑魚だよね?」
悔しげにラシューが喚き、暫し、呆然としたクレイの呟きを耳にして、ミナミは無表情なまま眉間に皺を寄せた。 「…やべぇ、想像以上に雑魚だった…」 その、つい漏れた呟きに、室内と、隣室に詰めて居た誰もが、同感、と内心同意した。
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