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7.ラプソディア | |||
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第一印象は、随分薄暗い場所。だった。 彎曲(わんきょく)したドーム天井に、光度の低いライトがぽつりぽつりと楕円の輝きを穿っている。円形闘技場の規模の小さいものと思えばいいのか、外周は直線でなく、最初から最後まで緩やかにラウンドしていた。…どこが最初でどこが最後か、という問題は、さて置き。 ただの、広い場所。 「…左に見えるシャッターが、訓練用の遠隔操作機体収納庫。シャッターの向こうに二十機の機械兵が待機してて、そいつらの間を通り抜けた先に整備室があんだよ」 で、その広い空間にあるわずかばかりの設備を、いかにも不機嫌そうな顔でやる気なく説明しているのは。 「ミラキ卿。陛下の御前で…」 「真面目だな、スレイサー衛視。あんたぜって出世するぜ」 盛大でわざとらしい溜め息とともにそう吐き出してから、ドレイクはちらりとミナミの顔を窺った。陛下が展覧だと聞いて(実はさっきだが)嫌な予感はしていたものの、まさか前回ああも完璧に対立してくれたスレイサーの同行をあっさり認めたらしいミナミの涼しい横顔に、どーして俺に一言いわねぇ! という…気持ちで。 そんな暇はなかった。という説明をする暇もない。…ミナミに、そんな説明する気もないのだろうが。 とにかく、その部屋…というか空間、地下演習室、などという小作りな印象の名称を頂いているその場所は、ただ広かった。魔導機をいくつか顕現させて動作チェックなどを行うのに無駄な設備はいらないし、そうでなければ、機械兵と模擬戦闘、または魔導機同士の模擬戦闘、がこの部屋の存在意義なのだから、余計な物をごちゃごちゃ詰め込んで限りある空間を手狭にする必要はない、というべきか。 殺風景な室内(というには広過ぎる)に緋色のマントやらがぽつりぽつりと点在しているのを見ながら、ミナミは小さく肩を竦めた。 今彼らが居るのは、その演習室の壁から突き出した監視ブースだった。下の様子は全方向から確認可能な立体モニターに映し出されて監視ブース中央にあり、その中ではミニチュアの魔導師たちが動き回っている。 「陛下。第三小隊フロウ・アキューズ小隊長より、第七小隊小隊長との模擬戦闘を申し込みたいと通信ですが?」 「…アイリー、お前面白い所で意地っ張りだな。一応ガリューにその旨伝えろ。決定権はガリューに引き渡す」 そこでもハルヴァイトの名前を言わなかったミナミに対して陛下はそう言って笑い、ドレイクとヒューは、笑いを堪えた。 「だそうですが」 と、いきなりミナミは通信用のモニターに向かって、まるっきりなんの前触れもなく問い掛けた。 「…直結してやがるし…」 さすが、ハルヴァイトに対しては筋金入りの強情。と、ドレイクは苦笑いで感心する。 「なんでそこまでこだわるよ、ミナミ…」 「……………教えねぇ」 『申し訳ありませんがお断りします。魔導機を壊されて医務分室に運ばれる覚悟がおありなら考えますが。と返信してください』 答えたハルヴァイトも、笑っていた。 正面に対して左の壁に設置された通信端末の前でてきぱき仕事をこなす、ミナミ。その背中をかなり複雑な思いで見つめつつ、ドレイクは微かに溜め息を吐く。 (何考えてんのか、さっぱ判んねぇ) ハルヴァイトの付き添いで演習室に来たところを急に呼び出され、監視ブースに顔を出してみれば、…陛下とミナミ、とヒューの出迎え。それに驚愕し、今日の体力を全部使い切った気持ちのドレイクは、もうこれ以上無駄な事を言うのはやめようと思った。 言ったら言ったで、また「余計な事を」とハルヴァイトに怒られそうな気がしたのだ。 「陛下。第三小隊フロウ・アキューズ小隊長より返信。「そこそこ手加減出来る時」にはお手合わせをお願いしたい、とのことですが」 「お前は賢い、長生き出来るぞ。と答えておけ」 くすくす笑う陛下の言葉をミナミは、「聡明なる判断に陛下はご満足です」と伝えた。 いい感じに捌かれて、思わず陛下が唸る。 「アイリー。実はお前、何年も前から僕の事監視してたんじゃないの?」 「…教えね…ません」 陛下に背中を向けたままけろっと答える、ミナミ。 監視ブースでそんなやりとりをする間も、フィールドでは魔導師たちがあちこち移動しては、距離を取っていた。今から電脳陣を立ち上げようというのだ、それぞれ、相手の陣に干渉しない程度の距離を置かなければならない。 「……陛下。第七小隊小隊長が、機械兵の使用許可を仰いでいますが?」 通信端末の小さなモニター。それに映し出されたハルヴァイトは、そう機嫌が悪いとも思えなかった。演習室に入って来て陛下展覧を告げられ、その傍らに控えたミナミを目にした時だけ、なぜか「しまった」というような、複雑な顔をしたのだが…。 「詳細は?」 「五機。…壊して構わないか、訊いています」 「……………五機出す。三機までなら行動不能にしていい」 モニターでもジオラマでもなく、足下五メートル程の所に佇んでいるハルヴァイトを肉眼で見つめ、陛下は素っ気無く答えた。 「………陛下の許可は以上です」 『判りました』 言って、ハルヴァイトは一瞬何か言いたげにミナミを見つめた。 それから…ゆっくり微笑む。 (……………なんか企んでんだろ…) 是非ともそう言ってやりたいハルヴァイトの顔つき。 『見ていれば、すぐに判りますよ』 彼はそこだけ普段のハルヴァイトらしい表情で言い置き、通信を切断。ブラックアウトしたモニターに短い溜め息を吐き付け、ミナミはそこから離れた。 と、監視ブースの直前を、かなり大きい機影が掠める。 「………あれ…何?」 「うん。アイリーは殆ど見るのが始めてだろうから、ミラキ、説明してあげて」 元々、ドレイクはこのためにここに呼ばれたのだ。そうでなければ、ヒューが同行している状態でわざわざドレイクを側に寄せるような愚行を、いかにウォルと言えども犯さないだろう。 促がされて陛下の後ろに控えたミナミ。そのダークブルーの双眸に頷いて見せ、ドレイクはジオラマモニターではなく、フィールドに向き直った。 「今飛んだのが、第十一小隊の半攻撃型索敵機「ホーク」。形状は見ての通り、でっけー「フィンチ」だな」 確かに、色はかなり黒っぽいが、流線形の胴体にブーメランのごとくラウンドした羽根。その先端から気流の白い尾を引く姿はドレイクの「フィンチ」と良く似ていたが、相似であって同型ではないような微妙な歪さを感じて、ミナミが微かに首を傾げる。 「顕現時のモデリング性能の違いだよ、アイリー。いわばハードの違い、だね」 「ミラキ卿のが、性能いいて事?」 「…曲面を臨界データ通りに顕現させるにゃぁよ、かなりの電速も必要だし、まず、臨界占有率自体が多くねぇといけねんだ。構成するパーツ数を細かくすりゃぁ当然曲面も綺麗に再現されるけどよ、外観にばっか占有率食ってたんじゃぁ、ただの張りぼてになっちまうだろ」 そう。これはただ、綺麗に仕上がってその仕上がりを自慢するための物ではないのだ。 「「ホーク」は二機一対。索敵が基本プログラムだが、「フィンチ」同様異状電波による攻撃も得意だ。ある意味「ホーク」の方がいやらしい攻撃するぜ」 「…どんな?」 腕を組んでにやにやしていたドレイクが、かなり離れた位置、頭を垂れて着陸しているもう一機を指差し、続ける。 「二機で的を挟み込んでよ、相互間で大電圧のジャミング交信すんだ。有効範囲自体はそう広くねぇが、二機の交信距離が大体十五メートル。逃げる方は常にその十五メートルよりも二機を引き離した状態を保たなくちゃなんねぇ、としたら、相当ヤだろ?」 「もう一機攻撃系魔導機でもいたら、非常に厄介だな、確かに」 「ジャミングもかなり強烈だからな。下手すりゃ命令陣と魔導機の間でやり取りされてる命令が、エラー起こしかねねぇ。なかなかに手強い、つってもいいだろ」 ふうん。と素っ気無く言いつつ「ホーク」を観察していたミナミの視界に、今度は奇妙な丸い…やはりこれも少々歪な小山が飛び込んでくる。 「お。こっちの丸いのは、第十二小隊の攻撃系魔導機「ダコン」だ。全高八メートル、だっけか? 幅は三メートル以上あって、足は八本」 「………あの、下のほうでがりがり床引っかいてんのが、足?」 そのあまりの不格好さに、ミナミは「ダコン」を指差しドレイクに視線を移した。 途端。ドン! と重い音が演習室に響き渡り、楕円の胴体に短い円錐形の爪を生やした奇妙な機体が、天井近くまで垂直にジャンプする。 「つうか、あの形(ナリ)で跳ぶか? ふつー」 「「ダコン」てのは跳ぶモンだ、ミナミ。見た目より移動速度も速ぇしな」 「…あの足で…」 かさかさかさかさかさかさ、と? ミナミは思わず、吹き出しそうになった。 平滑面ではなくざらついて見える楕円形の全身はつまり、これもモデリングの問題なのだろう。その縦に長い機体の下部に、「へ」の字に似て折れ曲がった円錐形の爪が八本均等間隔でぞろりと並んでおり、今「ダコン」はその爪を目いっぱい縮めて力を貯え、目いっぱい伸ばしてジャンプしたのだ。 「目、あんだ。あれ」 楕円の胴体、というか頭部? の上、三分の一ほどのところに、これまた楕円の黒い瞳が見える。夢を見ているような胡乱なそれが、きゅ、と監視ブースを見るなり…。 「うわ…。ひとで言うなら虹彩つうの? そこ…、「!」ってなったし…」 記号が出た。 と、ダコンが物凄い勢いで床に飛び付くなり、短い足を器用に動かして、真っ直ぐ監視ブースに突っ込んで来たではないか。 「????????????」 思わず、陛下とミナミとヒューが顔を見合わせる。 ちなみに、監視ブースはベランダのように壁面から突き出して居るだけで、大した保護設備はない。もしかして、アレが飛びついて来たら危険なんじゃないのか? とヒューが身構えるのと同時に、またも「ダコン」がぴょーんとジャンプする。 「……「!」が「?」になったけど?」 丁度監視ブースが覗ける高さまで跳んだダコンをぽかんと見ながら、ミナミが解説。 自由落下で見えなくなった「ダコン」が、連続ジャンプでまた顔を出す。 「今度は…。何? あれ…。動物の尻尾? しかも、振ってるリアクション風に、二枚絵点滅してんだけど…」 同じような尻尾の模様が、ぴか、ぴか、と眼の中で上下する…不気味。 「おいおい、なんなんだ? こりゃぁ。イルフィ?」 「……いや。ちょっと…。AIに「小犬パッチ」を…」 「つか、そんなアホな事やって演習室使うんじゃぁねぇ!」 突っ込んだドレイクの額に、微か血管が…。 「その小犬データをどこで仕入れたのか、すっげー気になる…」 電脳魔導師隊って、疲れる場所なんだな。とミナミが笑いを堪えつつ思っていたのが解ったのが、陛下がいきなり…吹き出した。 「ばかばかしいほどファイランは平和だね。他の浮遊都市じゃぁさ、政権が混乱してて、同一都市内の魔導師同士が毎日のように戦わされたりしてるっていうのに」 「そりゃぁ確かにヤだな…」 持ち込まれた立派な椅子の肘掛けに片肘を載せくすくす笑う陛下が、何度もブースを覗き込む「ダコン」を見つめる。 「しかも、懐かれるのが「小犬モードのダコン」なら、まだかわいいしね」 「………………。どっちもどっちじゃねぇ?」 と、答えてしまって、ミナミははっとヒューを振り返った。 (ヤベ…。やっちゃったし) 「……………スレイサー」 「何か? 陛下」 平然と、訝しそうに、ヒューがミナミから視線を逸らす。 「お前、友達いるかい?」 「…はい」 「僕にも居るよ。それだけ」 振り返りもせずに言われて、ヒューは無言で会釈した。 黙ってろ。という合図。内容は時に違うが、こういう風に意味のあるようでない質問に素っ気無く同意する陛下のサインは、口を挟むな、か、黙ってろ、のどちらかなのだ。 その、微かに気まずい空気を無視して、「ダコン」はいまだぴょんぴょん跳ねている。それで、そろそろどうにかした方がいいのでは? とヒューが苦笑いでドレイクに進言するなり、それまで黙って「ダコン」を見つめていた陛下が、すっと立ち上がった。 「お前はかわいいな。でもまだ子供なんだろう? もう少しがんばっていろいろ憶えたら、また遊んでやるぞ」 み“! と奇妙な電子音…。続けて、目の中の尻尾マークが、ハートに変わった。 「よし。じゃぁお帰り。お前の主人は、僕じゃないからね」 どすん! と重々しく床に着地した「ダコン」が、かさささささささささ、とイルフィ・レイスの元へ帰って行く。 「…美人は得だな」 「しかも陛下だぞ、僕は」 言いながらミナミを振り返った陛下は、ウォルの顔でにっこりと笑った。 「ま、ミナミ・アイリーなだけであの悪魔を手なずけたお前の足下には、及ばないけどね」
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