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    6ドラマティカ    
       
(7)

  

 短い時間だったのか、それさえ判らない沈黙のお終いは、ミナミの微かな溜め息。それで自分の中にある何かを吐き出し、ミナミという…ファイランの狂った部分で生み出された青年は一度だけ瞬きして、ウォルという…巨大浮遊都市を運行するためには暴君と呼ばれることも辞さない男に顔を向けた。

「……それで、その…あいつと陛下がしようとしてた取り引きってのは、なんだったんだ」

 それをウォルは、王として最大の賛辞を持って受け止める。

 ミナミ・アイリーは、どこかで意図的に綺麗に作り上げられたとしても、間違いなくファイラン王都民だった。きっと今彼の受けた衝撃は見た目ほど弱くなく、本当なら、冷静に事態を飲み込みこの会話を継続する事など、出来るはずもない。

 それでもミナミは、王が「助けてくれ」と言うから、それがファイランという浮遊する都市全てに関わりがあるのだから、例えばその特異な閉鎖空間そのものが彼を冷たくあしらおうとしていようとも、取り乱すような事はしない。

 王に王の役割があるように、国民には国民の役割がある。義務という。

「超重筒と関係あんの?」

「あるよ。…あの場所で助け出されたお前が違法に「精製」されたとするならば、あの地下組織自体がその超重筒にどこかで繋がっているのだろうと僕は思った。それでまず身元不明死体の遺伝子捜査を三十年遡って開始、でも、そこで怪しい…つまり違法精製と認められる死体はひとつもなくて、その間に、お前が救出された当時その場に踏み込んだ衛視から詳細な証言を取るうちに、僕は判ったんだ」

「判った?」

「そう。超重筒を動かすには、どうしても莫大なエネルギーチャージが必要になる。それを、誰にも気付かれず出来る人間はどのくらい居るのか? それから、衛視がお前を助けた時、あのヘイルハム・ロッソーは「随分早かった」と言った。誰だ、でも、なんだ、でも、愕きの声じゃなくね。それは、なぜか?」

「………陛下の近くに、情報をリークしてるヤツが居るっての?」

「可能性は高い」

 こくりと頷いたウォルは立ち上げていたモニターを全て消し、クラバインに何か飲み物を運んで来るよう通信機で命令した。

「そうすると、身元不明死体に違法精製された人間が含まれていないのに、一応の説明は着くんだ」

「さっぱ判んねぇよ…」

「…斎場だよ。もしその情報をリークしている人間がある程度の地位を持っているとすれば、斎場の管理者を抱き込んで、……件の地下組織で使い捨てられた人間を一瞬で灰に換え空に流せる」

「…………俺が、あそこに居た期間て、どのくらい?」

 急に問われて、ウォルは戸惑うように唇を閉じた。それを、ミナミが小さく笑う。

「なんで陛下の方が、そんな死にそうな顔してんの?」

「じゃぁなんでお前は、そんなに平気そうなんだ」

「言ったじゃん。俺は…怯えて暮らしたいんじゃねぇって。それに…あのひとが……」

 そこまで言って、今度はミナミが口を閉ざす。

 帰って来て欲しいと思った。…もう、くちづけさえ出来そうになかったけれど…。

「…なんだかんだっつっても、俺は確かに、あそこに居たんだし…」

 やっと搾り出した声を「嘘だ」と心の中で糾弾しつつも、ウォルは頷いた。

「三年程じゃないかと…お前を診断した医師は言ったよ」

「……三年…。その間に、最低十八人、あそこから死体になって運び出されてるはず。それが一つも見つからないなら、その可能性も低かねぇんじゃねぇ」

「それが全部違法精製でないにしても、何人かは含まれてただろうからね。でも、警備軍のデータベースからそういう違法行為に繋がる資料は見つからなかった。だから僕はドレイクもクラバインもこの件からは遠ざけて、貴族院の一部で組織した特捜委員会で、虚偽の報告を混ぜながら、内密に調査を続けて来たんだ」

「その調査のための、あいつ?」

「表向きは、ロッソー拘束に関わる内部情報の漏洩元を突き止める、という事にしてあったけどね。それが判れば、芋づる式に超重筒の方も見えて来ると期待してたのに、まさか直接ここで手を下して来るとは思ってなかった…。とんだ失敗だったよ」

「その…あいつを殺した人間が隠したかったってのは、超重筒なのか? それとも…」

「どっちでもいい。

 僕はどちらも許さない。

 僕は、誰かを傷付けないで自分が幸せになれる、なんて都合のいい想像はしてない。僕が幸せになろうとしたら、どこかで誰かが傷ついているんだと思う。それは…きっと避けて通れない。でも、あんな卑劣な形で一部の人間が他の人間を踏みつけ、のうのうとしてていいなんて思ってないからね」

「……」

 冷たく言い放ったウォルが、背凭れに身体を預けて虚空を睨む。それを見て、やはりこのひとは「王」なのだと思って、ミナミは微かに目を眇めた。

「ここから先が本題だよ、アイリー。僕は、ヘイルハム・ロッソーという導(しるべ)を永久に失ってしまって道に迷っている、哀れな王だ」

「…どのへんが哀れなのか教えろ…」

「細かく突っ込むな」

 つい。と無表情にミナミが言い返したタイミングで、クラバインが入室してくる。それを、さも横柄な態度でソファに座ったまま一瞥したウォルが、少し考え込むような顔で肘掛に肘を乗せ、足を組み直した。

 漆黒の瞳が目で追うのは、朗らかな笑顔でミナミに紅茶を差し出すクラバインの横顔。

「ミナミさんは、珈琲の方がお好きでしたか?」

「どっちも割と好き」

 会釈してミナミの傍から離れたクラバインが、ウォルの前にカップを置く。その仕草をじっと動かない黒瞳で見つめていた陛下が、急にソファの中で姿勢を正した。

「クラバン・フェロウ」

「何か?」

「特務室を辞めるなら、今のうちだぞ」

 唐突なウォルのセリフにミナミはちょっと唖然とし、言われたクラバインはといえば、まるでそんなものは意にも介さず平然とウォルの紅茶に角砂糖を落としている。

「十日に一度ずつそう言うのが、いつの間にか陛下の癖になりましたね」

「…………」

「今度はなんです? またミラキ卿に内緒の計画? しかも、ミナミさんまでいるという事は、ガリュー小隊長も敵に回し兼ねない? それでどうして、私が陛下とミナミさんを置いて出て行けますか? 私は、全ての秘密を墓に持ち込むつもりで陛下にお仕えしています。と申し上げたはずです」

 クラバインは言い終えるまでずっと、口元に朗らかな笑みを浮かべたままだった。

「それに私は、もう全てを、捨ててしまったのですから」

 だから何も問題は無いのだ、と言いたげに、クラバインがウォルを見つめる。

「……判った。では、アイリーの隣に座れ。先に言っておく。僕の幸せは誰かの犠牲の上に成り立っている。だから、国民の「平凡」を護るためには、自分が傷ついて当然だと…覚悟しておけ」

 暴君は…誰にとっての暴君であるのか、ミナミはようやく知った。

      

       

 ファイランは、王の犠牲の上で胡座を掻き、安寧を貪っている。

          

   
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