■ 前へ戻る   ■ 次へ進む

      
   
    4.内緒の生活    
       
(11)

  

 ミナミはテレビが好きだった。

 様々な風景、人、物が溢れ返っているのに、こちらには干渉して来ない。というルールを強固に守り続けなければならない、テレビ。群集の中で一個の隔絶された孤独でなければ平穏な神経を保ち続けられないミナミにとって、テレビは唯一最大の情報源であり、絶対に触れて来る事のない安心出来る隣人だった。

 だからミナミは、暇さえあればテレビを見ていた。今日も…。

 夕暮れ、ファイランが連盟ステーションに着岸した、という特別番組を見た。

 画面には、人嫌いの変人、と言われる王が降下風景の取材を拒否し、代りに、明日正午から行われる「展覧試合」に赴く電脳魔導師隊第七小隊がステーションへ降下する映像の撮影許可を出したそうで、ドーム状の中枢施設から伸びた岸壁にファイランがしずしずとドッキングし、外壁の一部が外側に倒れ通路が開かれる模様が鮮明に映し出されている。

 それに対して、アナウンサーと以前警備軍に所属していたらしい解説員が、何か好き勝手な事を声高に喋っていた。

 公開されている情報によると、第七小隊隊長のハルヴァイト・ガリューというのは軍関係者にも一目置かれており、今回、陛下警護任務に当らなければならないグラン・ガン電脳魔導師隊大隊長の推挙によって、展覧試合に挑む事になったそうですね? そのようです。現在ファイランで最強の電脳魔導師は大隊長のグラン・ガン卿という事になりますが、ガン大隊長には陛下をお護りするという重要な任務がありますからね。

「…ばーか。それ、違うぞ。あのひとは最初から、展覧試合に出るために特別警護小隊に編入されなかったんだ」

 この第七小隊は、名のある電脳魔導師を連ねた第十三小隊や、第六小隊に比べて、なんとも地味な感じがしますが? 軍関係者以外の市民に馴染みがある、とすれば、制御系魔導師のミラキ卿程度ですからね。ただし実際は、貴族階級であるルー・ダイ卿の御子息と、過去何度も大隊長候補を排出してきたナヴィ家の御息女が所属してますが…。

「つうかお前ら、なんてつまんねー解説してんだよ…、まったく」

 隊長のハルヴァイト・ガリューという人物は、一体何者なんです? それがですね…、軍上層部に緘口令が敷かれ、徹底的に正体が隠匿されているんです。何でも過去に、電脳魔導師の根元に関わるなんらかの事故を起こした事があるらしく、軍はそれをひた隠しにしているとか。

「違う」

 元来電脳魔導師というのは、着陸調査の際に使節団と伴に地表に降りたりするような危険任務を担っている訳ですが、その活動は極秘にされる事が多いですからね。ファイラン全王都民五万のうち、電脳魔導師というのはほんの数十人に過ぎませんし、多くの情報が公開されているとしても、基本的には謎の多い集団ですので。

「軍上層部だけじゃねぇよ…。貴族連中もみんなそうだろ? 自分の不始末を隠すために、あのひとひとりを悪者に仕立て上げようとしただけだ」

 ただし、王城エリアでは「スティール・ブレイド」などと呼ばれて、恐れられているようですが。

「勝手にみんながそう言ってるだけだろ」

 あ、第七小隊が出てくるようです!

 ミナミの静かな怒りを無視して、アナウンサーが興奮した声を張り上げた。

 岸壁に渡された幅五メートル以上在るタラップに、数十人の一般警備兵が姿を見せる。彼らは訓練された隙のない動作でタラップの左右に整列し、後続のカーキ色のマントをはためかせた一般警備部連隊長を無言で見送って、その数名が最前列に並んだ所でぴしりと敬礼した。

 ………………。

 アナウンサーが黙り込む。解説員も、息を呑む。

「ざまぁみろ」

 ミナミは、瞬きも忘れてテレビを凝視したまま、そう呟いていた。

 左右に割れた隊列の真ん中を、深緑色の長上着と濃紺のマントを閃かせた大柄な男が平然と歩いてくる。きっちり整えた白髪に、獣のような精悍な顔立ち。ドレイク・ミラキ。その後ろには、かなり緊張した面持ちの少年アン・ルー・ダイと、どこかしら腑抜けた印象のデリラ・コルソンがぴったりと付き、一歩か二歩後れて、青色の制服を優雅に着こなした赤い髪の美女、アリス・ナヴィが凛々しい表情で続く。

 そして。

 モニター越しでも現場の緊張が伝わるような静寂がタラップに降り、直後、そのひとは緋色のマントをはためかせ、ぞんざいに括った鋼色の後ろ髪で赤紫色の夕暮れを跳ね飛ばしながら、不透明な鉛色の瞳で全てを、好き勝手な事をほざく群集を、ファイランという閉鎖都市を、……世界中を? ……、倣岸に睥睨し堂々と進み出て来た。

 ハルヴァイト・ガリュー。……ミナミの、恋人。

 感情のない、機械装置のような冷え切った顔で、ステーションの着岸岸壁に並んだイーランジャァからの出迎えを見下ろす。

「………まじ最悪…。すっげー機嫌悪ぃ顔してんじゃん」

 ミナミはくすくす笑いながら、なぜか、自分の血液に空気が入ってしまったような高揚感を味わい、楽しんでいた。

 長靴(ちょうか)の踵が岸壁を叩くと、イーランジャァからの使者が一歩進み出て、丁寧な礼をする。左右に退去した部下たちの真ん中に立ったハルヴァイトは、芸術的な動作で敬礼を返し、微かに、笑みらしい顔つきを作った。

「恐ぇえつったろ、それ。心臓に悪ぃんだって…」

 ミナミの心拍数が跳ね上がる。でも恐怖ではない…当たり前だが。テレビの向こう、赤紫の風景に浮かんだ恋人から、目が離せない。

 白手袋の指先、何かを儀礼的に呟く唇、整い過ぎた顔も、横柄な態度も、離れていて手が届かないから、今すぐ、キスしたい気分。

 引き合わされた対戦相手は、ミナミよりもずっと小柄な妙齢の女性だった。元々イーランジャァは女性が多い。ファイランにも女性の電脳魔導師はいるらしいが、彼女達は軍に一時所属して適度な制御訓練だけを受け、すぐに退役してしまうのだ。だからミナミが女性の電脳魔導師を見たのは、始めてだった。

 彼女は余裕のある表情で朗らかに微笑み、ハルヴァイトに握手を求めて来た。彼はこれまた微かに表情を緩め、彼女の手を握り返す。

「……………。あー、そうか…」

 ミナミは少し何かを考えてから、ばったりとソファに寝転がった。

「こういう光景がちょっと面白くねぇな、とかってのは、つまり俺の我侭なのか」

 呟いて、彼は仰向けのまま顔の前に手を翳し、睫を閉じ耳を澄ます。

 今回の展覧試合は完全秘匿なんですよね? はい。観覧出来るのは軍上層部と、希望する貴族だけだそうです。それでは、王都民も納得出来ないんじゃないですか? 展覧試合は明日正午からなんですが、明後日と明々後日、一般公開試合が計画されていまして、そちらはファイラン、イーランジャァ両都市で同時テレビ中継されるそうです。じゃぁ、それは見逃せませんね。

「…………………見らんねぇんだよな…」

 溜め息。かなり複雑な気分。

 ハルヴァイトが最後の最後まで展覧試合の事をミナミに言わなかったのは、見て欲しくないからなのだろうと思いはした。降下の模様がテレビ中継される、とドレイクが言ってよこしたから、渋々、やっと口を割ったようなものだったし。

 でもミナミは、見てみたいと思った。

 好奇心。電脳魔導師に対する、ではなく、ハルヴァイト・ガリューというひとに対する。

 ざわつくテレビの音声をぼんやり遠くに感じながら、ミナミは浅い眠りに落ちていく。きっとあのひとの夢を見るだろうと思った。少し、嬉しい気がした。

 だから………。

 ウォルの誘いを、受けようと決心した。

  

   
 ■ 前へ戻る   ■ 次へ進む