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14.機械式曲技団 |
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時間は少し戻って、アンとヒューが出かけた後の、王城エリア王都警備軍電脳魔導師隊第七小隊執務室。 今朝方、登城してすぐ大隊長に呼び出されたイルシュ・サーンス少年が青い顔で戻って来たのを気にしつつも、何があったのか訊くに訊けないでいるスーシェを、事務官のウロスが振り返る。 「スゥ。ガリュー班長から緊急召集命令」 相変わらず口数の少ないウロスが素っ気無く言い放つと、執務卓に着いていたスーシェは小首を傾げた。 「特務室から召集命令? なんだろう」 「うにょ? ハルちゃん、なんかするつもりなのかな?」 こちらも相変わらず緊張感のないきんきら声で、にゃはははははは、と笑いながらタマリがスーシェに近寄って来ようとする。と、彼に軽く手を振ったスーシェのほうが椅子から立ち上がり、壁に設えられている大型のモニターにハルヴァイトからの通信を送るようウロスに指示、それ以外の全員に、整列しろと命令する。 『電脳魔導師隊第七小隊は一時特務室電脳班の命令下に置かれ、指揮権は電脳魔導師隊大隊長グラン・ガンから特務衛視団電脳班班長ハルヴァイト・ガリューに移行しました』 きびきびしたアリスの宣言に、内心訝しがりながらも頷く、スーシェ。それに小さく頷き返した赤い髪の美女と入れ替わってモニターに現れたハルヴァイトが、ふ、と口元に意味不明の薄笑みを浮かべる。 『では、スゥ。第七小隊は至急装備を整えて、地下通路エントランスに急行。移動用のキャリアーを待たせてありますから、乗り込んでください。任務内容は、エントランスで待っているギイルから説明されます』 「キャリアー?」 ファイラン全域に繋がる地下通路で移動する事は少なくないが、ただ移動するだけの小型フローターではなく、そのまま居住区に出て移動司令室になる「キャリアー」が待っているというのは…。 「暴動鎮圧なのかい? ハルちゃん。しかも、ウチが出るって事は、エリア派出所に居る魔導師じゃ手に負えないのん?」 『暴動じゃないですよ。それに、暴動の鎮圧は警備軍の仕事で、特務室の仕事じゃないですしね。まぁ、ある意味「暴動」かもしれませんが。とにかく、詳しい事情はギイルに聞いてください。 それと、任務には完全戦闘態勢で望むように』 笑みを消したハルヴァイトの鉛色を見つめたまま、スーシェもタマリも小首を傾げる。 「待て待て、ハルはんちょー。ちっとくらい教えてよーん、ハルちゃんの企み」 タマリのふざけた台詞と語尾にくっついて来たハートマークを迷惑そうな顔で跳ね返し、ハルヴァイトが溜め息を吐く。 その顔つきから、面倒だから言いたくない。というのがあからさまに伝わって来た。 『…つうかさ、アンタ。仕事なんだから、簡単な内容くれぇ説明してやれよ』 モニターには現れないものの近くにミナミが居るのか、彼は普段通り素っ気無く、容赦なく、ハルヴァイトに突っ込んでくれた。 『アドオル・ウインの件で某所の捜索を実行。その際、魔導師による抵抗が予測されますので、第七小隊他数名の魔導師を第十リゾートエリアに配備。そんなとこです』 『簡単過ぎだっつうの…』 だって後はギイルが説明するんですから、いいじゃないですか。などとミナミに言い返しているハルヴァイトの横顔に呆れた溜め息を吐き付ける、スーシェとタマリ。ひとりモニターを離れているウロスが珍しく喉の奥で笑っているのに気付いたケインが、非常事態だなこれは、などと恐々呟いてウロスにファイルを投げつけられる、という些事を経て、第七小隊は一時電脳班の配下に収まる。 「ウインて、違法魔導師飼ってるんだっけ?」 「飼ってる、なんて言い方よくないよ、タマリ。…とはいえ、彼らは全く外界を知らないらしいから、それが不適切であっても不適ではないけれど」 ふむふむ、とわざとらしく頷くタマリが、椅子の背凭れから濃紺のマントを取り上げた。 「…すーちゃん昇格しちゃったモンだから、タマリまでこんなん着せられるハメになったよぉ。うざったいのになぁ、マントなんてさー」 深緑色の長上着の上から濃紺のマントを羽織り、毛先の跳ねあがったショートボブを手で払ってにやにやと笑う、タマリ。それに苦笑いを向けつつ緋色のマントを羽織るスーシェに軽く敬礼したウロスが勝手に執務室を出て行くと、ブルースだけが、消えたウロスの背中をちょっと不思議そうに見送っていた。 「ん? うろんちゃんがどこ行ったのか気になるのかい? クソガキ」 「……クソガキって呼ばないでくれますか? タマリ魔師」 「あんたがアタシを「タマリ魔導師」って呼ぶのやめたら、やめたげるよ」 第七小隊編成時の騒ぎ以降、タマリはブルースを「クソガキ」と呼び続けていた。元々やかましくて無神経、と噂されているタマリだからなのか、そうではないのか、スーシェさえ、このふたりの些細ないざこざには首を突っ込まないものだから、今現在もその呼称は継続されている。 ブルースが誰彼構わず威嚇しまくっているか、といえばそうではないし、タマリだって意地悪を言うが冷たく当る訳でもない。 多分どちらも、イルシュに気を使ってくれているのだと、スーシェは思った。 イルシュ。 あの日以来、ブルースとのシンクロ陣を「立ち上げられない」、少年。 「ウロスは先にキャリアーに行って、機材の点検とカスタマイズをするんだ、アントラッド。キャリアーに支度されているのは基本動作しかしない新品同様の機材だから、それでじゃぁぼくたちの必要な情報を検索出来ないと、ウロスは知っているから」 だから、普段使っているシステムと同等の作業が出来るように、短時間でカスタムするのだ。 身支度を整えるスーシェたちの横では、ケインが大きな箱を持ち出し砲筒の手入れを始めていた。散弾式、大筒式、と様々な様式のあるジャマー砲ではあるが、ケインのそれは細い筒を十数本束ねてある、回転機関銃式だった。 スーシェの「スペクター」は、姿が見えない。それは、観測しているウロスにも言える事だった。ウロスの情報を使ってどこにどうジャマー弾を蒔けば効果的に戦えるのか考えなければならないケインは、「スペクター」の位置を特定出来なくても広範囲を即座にカバー出来る機関銃式の砲筒を選択したのだ。 これなら多少位置がズレても、タマリの「アゲハ」がどうにかしてくれる。という理由で。 では彼らは、「サラマンドラ」と「ドラゴンフライ」を無視しているのか? そうではないが、主砲に照準を合わせるのは当然であり、それが悔しかったら緋色のマントを頂けばいいのでは? とにこりともせずケインは言う。 それにイルシュは神妙な顔で頷き、ブルースは唇を引き結んで黙り込んだ。 「うーし、タマリさんおしゃれ完了。? つーか、いつまでボーっとしてんだろね、このコは」 りゃぁ! と派手な奇声を発して、タマリが…机の表面をじっと睨んだきり動こうとしないイルシュの後頭部をひっぱたいた。 「……」 「おあ。ノリ悪ぅ、イルちゃん」 「ごめんなさい」 「いや、そこでマジ謝ってくれるくらいならさ、相手してよ…」 苦笑いのタマリ。彼が、一瞬スーシェに視線を流す。 「イルシュ。出動命令が出てるよ、支度…は別にないんだろうけど…」 「小隊長」 言われて顔を上げ、佇むブルースの横顔を見上げた琥珀の瞳に並々ならぬ決心を漲らせたイルシュが、固い声でスーシェを呼びつつ向き直る。 「? どうかした?」 「あの…ワガママ言ってごめんなさい…。でも、これは任務で、失敗なんか出来なくて、あいつ…、ウインに関係あるなら、これは、おれにも「絶対しなくちゃならない事」があるから…。 ブルースを、任務から…外して貰えませんか」 あどけない少年は青ざめた、緊張しきった顔つきでそう言いながら、スーシェに頭を下げた。 「申し訳ありません。おれ、ブルースと一緒に行く気には、なれません」 その場所に。そこに。あの…。 「任務地は、おれが監禁されてた場所…かもしれないんです」 その告白に、スーシェが一瞬表情を曇らせる。 イルシュが監禁されていた可能性のある場所は、前第七小隊が調査していた。その結果がどうなっているのかは、アドオル・ウインに関係する事項として彼らが特務室に持って行ってしまったから、スーシェにも判らなかったのだ。 ただ、一度だけデリラが言っていた。
「王城エリアじゃねぇ可能性が出て来たよ。まぁ、広場が見える支柱の中らしい場所だってぼくちゃんは言うんだけどね、広場つっても、ファイラン中に幾つもあるからね。親玉がウインのやつだとして、上級居住区を通路代わりに使ってたとしたら、知らないうちに移動させられてたかもしれねぇって大将も言ってたしね」
それが第十リゾートエリアである可能性が、ないとは言えない。アドオルの隠匿している魔導師たちが全てサーカスという表層に隠されていたのだとすれば、確率は高いのだし。 だから、なのか? しかしなぜ、ブルースを遠ざけるのか? 「任務内容が現時点では定かでないから、なんとも言えないよ、イルくん。それに、「サラマンドラ」を出すような事態になれば、アントラッドが必要になるんじゃないのかい?」 それでも淡々と上官らしく言いつつ、スーシェは佇むブルースの顔を見つめた。 ブルースは、じっと煉瓦色の瞳でイルシュを凝視している。何か言いたそうな、複雑そうな顔つき。始めの頃に比べて随分言いたい事をはっきり言うようになったものの、ブルースは時々、こんな顔で口を閉ざしてしまう。 言っても無駄。なのではない。彼は、臆病なのだ。 「…………今のおれに、ブルースは…必要ないです」 そしてイルシュは、臆さない。 「必要ないって言ったら間違いかもしれないけど、おれはきっと、たくさんイヤな事とか怖い事とか、思い出す。でもおれは魔導師だから…警備軍の魔導師だから、あいつに騙されて、閉じ込められてて、ホントの事なんにも知らないで抵抗しようとする、おれと同じにあいつに縛られてる「仲間」を助けたいと思うから、だから!」 「よけーな悩み増やして欲しくないよね、確かに。うん、イルくんいいコだわ。イルくんはさ、判ってるからクソガキと同行「出来ない」んだな」 机に軽く腰を下ろして腕組みしていたタマリが、気楽に言って、にぱ、と笑う。 「ガリュー班長もやって来る。当然、アントラッドは気まずい思いをするだろう。それによって無用な意識を割きたくないというサーンスの意見、私も大いに賛成しますが? スゥ小隊長」 砲筒を磨きながら、ケインも同意する。 「それは、ぼくも同感だよ」 そして、スーシェさえも。 「これは訓練じゃない、アントラッド。だから君は執務室で待機。この場合、イルシュには通常任務の他に重要な役割がある。その妨げになる君を連れていったと知れたら、ぼくがガリュー班長に叱られるよ」 「……………」 「あのひとは、誰にどう思われていようと気にしないし、第一、気にもかけてくれないけれど、ミラキは黙ってない。 それに、アントラッド。 陛下のお言葉を借りるならば、君は「何もしなかった人間」なんだから、自分で見て自分で考え、流言蜚語に惑わされず「何もしないまま」居なければならない。なのに君は、その最初の段階でもう躓いてしまっている。だから、ここで待機させられる事に対して、イルくんを怨む前に自分を責めるべきだよ」 冷たく言い放ち、スーシェは少し自分に驚いた。 自分が怒っているのかな、と思う。 ブルースがごねたあの日、その騒動はハルヴァイトだけに留まらず、結果、タマリやデリラにも、過去を思い出させてしまったのだから。 「大人げないよ、すーちゃんたらさ。すーちゃんの役目は優しくする事で、そういう風に言うんじゃないでしょ?」 「タマリにばかり悪役を振るには、ぼくも偉くなり過ぎたからさ」 凍り付いたタマリの笑顔にふんわりと微笑みかけ、スーシェは緋色のマントを翻した。 「アントラッドの件は、向こうに着いたらガリュー班長に報告しておく。アントラッドは、ぼくらが戻るまで執務室で待機。ケイン」 「準備完了。ウロスのセッティングもあと数分で終わるそうですが? 小隊長」 「…じゃぁ、行こうか。タマリ、イルくん」 靴音も高らかに執務室を出て行く、スーシェとタマリ、ケイン。最後まで動かなかったイルシュはようやく歩き出した時、今にも泣きそうな顔で一瞬だけブルースを振り返って、ごめん、と呟いてから、後ろ手にドアを閉ざした。 しんと静まった第七小隊の執務室に、ブルースだけが残される。 屈辱的と思いたかった。 なぜ自分がそうまで言われなければならないのか、とスーシェに訴えたかった。 しかし、ブルースには、それが出来なかったのだ。 部屋の中央に佇んで俯き、じっと自らの爪先を睨む、ブルース。 何が悪いのか。自分が悪いのだ。何も知らないのだ。イルシュが監禁されていたなんて…………。 「ぼくは、知らなかった…」 「拒否したからだよ、アントラッド。お前が最初の一手で全てを拒絶したから、誰もお前には「本当の事」を言わなかったのだ。そう仕向けたのはお前だ。ここに取り残されるように仕組んだのはお前だ。ガリューを怨んでいたはずが、お前は、自分を苦しめただけだ」 掛けられた囁くような声に、ブルースがうっそり顔を上げる。 「…エスト小隊長…」 音もなく開け放たれたドアを背に佇んでいたのは、あの掴み所ない笑顔でブルースを見つめる、ローエンス・エスト・ガンだった。 「真実は、明かされて意味がなくなったり、もっと重い意味を持ったりするものだ。お前にそれを受けとめる覚悟があるかな?」 「……」 「反抗する事で自分を保つという姑息な手段が使えなくなってもいいかな?」 「……」 「サーンスを哀れまず、タマリを蔑まず、抵抗してくる違法魔導師たちを怨まずに、この国の守護者であり続ける事が出来るかな?」 翻る、緋色のマント。 「ガリューを畏れる事が出来るかい? 利己主義を翳し尽くしても尚、この都市を護ろうとする、伝説の悪魔を」 「………………」 ローエンスは、微かに笑った口元で囁き続ける。 「迷っているなら、ついて来るといい。わたしが、決定的にお前の自信を踏み潰してやろう。迷う暇も与えないでやろう」 ローエンスは、イルシュに、タマリやハルヴァイトのようになって欲しくなかった。
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