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13.エンドレス |
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昼過ぎに家を出て、フェロウ邸を訪ねる。 「いらっしゃいませ、ミナミさんにハルにーさま。お二人がいらして下さると言うので、張り切ってフルーツケーキを焼きましたっ」 呼び鈴を押すのと同時に飛び出して来たマーリィが、スカートの裾を摘んで膝を折りふかふかと笑う。 「レジーが」 「つか、レジーナさんかい」 来ていきなり突っ込み強制のミナミが無表情にげんなり呟くと、マーリィは明るい声を立てて笑い、奥から出て来たレジーナに後頭部をこつんと指で突つかれた。 「姫様のお作法係りだっていうのに、お行儀悪いよ、マーリィ」 あちゃ。と肩を寄せて舌を出したマーリィの可愛らしい顔を見つめていたミナミが、ほのかに微笑む。 「そのうち俺も、ルニ様に「マーリィそっくり」って突っ込む日が来そうだな」 「元気のいいところ?」 「お転婆なトコだろ?」 「わ! ミナミさんたらひどーい」 エントランスから応接室に向かう短い廊下を歩きながら、きゃらきゃらと笑うマーリィ。それに優しげな笑みを向けるレジーナの横顔を見るとも無しに視界に収め、ハルヴァイトもちょっと笑った。 「マーリィ、お茶の支度をキッチンから運んでおいで。新しいブレンドのハーブティー、ミナミくんに煎れてあげるんだろう?」 「そうだった。ハルにーさまにも付き合って貰います! フェロウ家に珈琲はありません!」 「…いや、ねぇ訳ねぇだろ…、いくらなんでも。まず、室長珈琲しか飲まねぇしさ」 「う…。あ…。でも、ありません!」 ミナミの冷静な突っ込みに一瞬怯んだものの、マーリィはそれでも珈琲はないと言い張った。 「はいはい。可愛いマーリィの命令ですから逆らいませんよ、わたしは」 「つか、アンタなんでも出てくりゃ黙って飲むし」 そんなやり取りをレジーナがくすくすと笑う。彼にしてみれば、ハルヴァイトがこうも「普通」にミナミやマーリィと会話しているのさえ新鮮で、喜ばしい事に思えた。 ハルヴァイトが穏やかに微笑むのや、 マーリィが前よりずっと元気になった事や、 ミナミが今こうしてここに居てくれる事の、全てが。 「さぁ、どうぞ…」 笑顔で促され、レジーナの後に着いて応接室に入る。 と…? 「や! 元気?」 「つうか、なんでタマリがここでケーキ食ってんだよ。って、俺はそれなりにマジびっくりしてんだけど」 「? あんま驚いて見えないよ? みーちゃん」 にゃははははは、と素っ頓狂な声で笑いながら、タマリはフォークに突き刺したフルーツケーキをクリームの山に突っ込んだ。 「タマリさんはついに追い出されてしまったのです、ママちゃんのトコを。しかも大隊ちょーたら卑怯でさぁ、聞いてよ、みーちゃーん」 呆気に取られるミナミとハルヴァイトを無視したタマリが、ケーキを振り回しながら話し続ける。 「官舎行ってもさみしいからやだー! ってトイレに篭城したかわいそうなタマリをだよー? あのおっさん、よりによってルードのアホ呼んでまで引きずり出しやがった!」 「…忙しいのにな、ルードも…」 「はぁ。わたしなら「ふざけるな」で断りますけど、ルードはわざわざガン邸まで来てくれたんですね」 「そっち感心してんじゃねぇつうんだよ、あんたらもさ」 にしても? 「篭城してんのにルードが来ただけであっさり追い出されたっての?」 おかしくないか? 「だって…」 ソファの上に胡座を掻いてケーキをぱくついていたタマリが、急に俯き黙り込む。 「篭城ということはトイレから出ない訳ですし、出なければ、追い出される事もないでしょう?」 「だってぇ…」 くすん。と鼻をすすって泣き真似するタマリ。 「ルードに、「そんなにさみしいなら僕が一緒に住んであげよう」って言われたらしいよ。それで、慌てて逃げ出して来たって」 「あああああああああああ。レジちゃんのばかぁぁぁぁ! 内緒にしてねって言ったのににぃぃぃぃぃぃぃ。ソファにクリームくっつけちゃうから見てろおおおおおお!」 タマリは色の薄いペパーミントグリーンの瞳を潤ませ、半泣きでレジーナを睨んだ。 そこで、ミナミはタマリを見つめたまま…考える。 ルードの言い分は間違っていない。なのにタマリはその一言だけで逃げ出して来た。では? 「……ふうん」 「うお、すげい関心ねぇ言い方…。タマリ、みーちゃんに嫌われてるんだ、ホントは」 「嫌いじゃねぇよ」 「あ、そういやぁ、ハルちゃんに内緒でタマリと浮気希望だったっけ」 「え?」 「つか、本気にすんな、アンタも」 ぎょっとしたハルヴァイトが思わずミナミに顔を向けた途端、素っ気無くも的確に叱られた。 まったくもって疲れる。 肩を竦めて溜め息を吐いたミナミにソファを勧めながら、レジーナはやっぱりくすくすと笑っていた。 「タマリだけでも騒がしいっていうのに、ハルまで一緒になって何バカやってるのよ、まったく。天地がひっくり返っても、ミナミに浮気なんか出来る訳ないでしょう?」 「まぁ…それは……」 「さー、どうかな」 などと。 ミナミは薄く笑って恐ろしいセリフを吐き、それで弱った笑顔を凍り付かせたハルヴァイトを、後からやって来たマーリィとアリスが大いに笑う。 「面白いのは認めるけど、そのネタでハルからかうのやめてよ、ミナミ。下手したら、ファイラン墜落しかねないわ」 「いひひひ。それでもぉ、ハルちゃんが赤くなったり青くなったりすんのは見といた方がいいよね、みーちゃん」 「でも。お仕事してらっしゃる時のハルにーさまとミナミさんの前にいらっしゃるハルにーさまって、半分以上別人みたい」 「それを言うならマーリィ? ぼくの知っているハルと今のハルじゃぁ、三百六十度別人だけれど?」 「そんじゃ一回転して元通りだって…」 …………。 「好き勝手言わないでください、みんなで」 ハルヴァイト形無しである。 タマリがここにいたのはイレギュラーだとしても、どこへ行っても騒がしい連中ばかりで余計に疲れる、とハルヴァイトは内心嘆息ものだったが、いっときでも余計な心配を忘れられるのは確かだし、それでミナミが少し元気になってくれればいいだろうと彼は、朗らか、というよりも、弱った笑みで勝手に部屋を突っ切り、窓の傍に置かれているカウチに座った。 さわらぬ神になんとか? きゃぁきゃぁと賑やかにお茶の支度をするマーリィ。タマリはいつからいたのか、既にニ個目のケーキに手を伸ばし、アリスにその手をひっぱたかれている。 「で? タマリ。君はいつまでここに居座るつもりなの?」 「んー。いい加減官舎行こうかなーとかも思う。だいたいちょーんトコもしつちょーんトコもレイちゃんトコもたんのーしたし」 「つうか、官舎行かねぇで渡り歩ってたのか…」 「うん。まぁ、だいたいちょーんトコ基本にしてぇ、ちょこちょこだけど」 「基本て…」 「実は、ハルちゃんとみーちゃんの愛の巣も邪魔もしてやろうと思ってたんだけどさー、どっちもあんま家戻ってないみたいだから断念したのよ、タマリさん。すーちゃんちには二晩お泊まりに行ったけど、デリちゃん戻って来なくてさぁ。すーちゃん文句言いまくり。みーちゃんは部下コキ使い過ぎ」 「……愛の巣ってなんだよ。 てかさ、…………なんで電脳班がそんなに忙しいんだ? おい」 一応見逃せない部分には突っ込んだものの、ミナミはすぐ、無表情にハルヴァイトを睨んだ。 「秘密です、まだ。内偵終わって証拠が揃ったらご報告申し上げますよ、アイリー次長」 しかしハルヴァイトは平然とそう答え、ミナミに顔さえ向けようとしない。 「あ? じゃぁ、でんのーはんてみーちゃんの命令で動いてんじゃないの?」 「違うよ。今はあのひとが勝手に好き放題使ってる」 基本的には陛下の命令でしか行動しない特務衛視団だが、陛下が「何かをしろ」と明確な指示を出してくる事は、意外にも少ない。陛下が今何を必要としているのかはクラバインが陛下との会話や予定と照らし合わせて見極め(と、今はこれにミナミも参加しているが)、衛視に任務を与えるのだ。 しかし、新設の電脳班には設立当初から極秘任務が割り当てられており、その調査行動行為に制限はない。アドオル・ウインに関わる不正を根こそぎ暴け、と陛下はハルヴァイトに指示し、報告は自己の裁量に任せるとまで付け足してしまったものだから、ハルヴァイトはアドオル「分析」結果の一部をクラバインに報告しても、それ以外はさっぱりなのだ。 だから、電脳班自体何をやっているのか判らない、というのが、ミナミの本音でもある。 ただし、「何か」をやっているようではあった。 デリラもアリスもアンもドレイクも、昼夜を問わず執務室を出て行っては、昼夜を問わず帰って来る。その間ミナミに提出されるエリア間の臨時移動許可申請はファイラン洛中に及び、ドレイクとデリラは頻繁に0エリアにまで足を運んでさえいた。 何を探しているのか。 何を調べているのか。 気にならない訳ではないが、どうせ訊いても答えてくれる恋人だとは、思えない。 証拠に、今も面倒そうに躱されたし。 (…ハラ立つ…) 複雑なミナミの内情などお構い無しに、ハルヴァイトはマーリィの運んで行ったお茶を受け取り、笑顔でお礼など言っている。勘も悪くなくミナミの変化には敏いはずなのだから、きっと彼はミナミが電脳班の職務に疑問を抱いていると知っていて、あえて何も言わないのだろう。 (ヤなひと…マジで) ソファの肘掛に腕を置いてぼんやりとカップを眺めるミナミの横顔を、なぜかアリスがにやにやしながら見ていた。 「? 何?」 「ううん。……ミナミって…ホントかわいいわぁ」 「は?」 くすくす笑い出したアリスが、いかにもな口調で言う。 アリスには、判っていたのか。 今日のミナミは、ちょっと拗ね気味? 何を言われているのかさっぱり見当のつかないミナミを、タマリとレジーナも笑顔で見つめている。なんだかんだでハルヴァイトが今何をしているのか教えて貰えない事を、無意識に「面白くない」と受け取っているらしい彼の微妙な顔つきが、どうにも微笑ましい。 ミナミにその自覚はなかったが。 「…ところでさ」 なんだか居心地悪い気がして、ミナミは話題を変えようと打って出た。実際、ここにはお茶を飲みに来たのではなく、暗躍しに来たのだし。 しかし、タマリが居る手前あまり派手に相談事も出来ない。が、タマリに訊きたい事も幾つかあったから、それはそれで好都合のようにも思える。 「タマリって、スラムに住んでたんだよな」 「うん? そーだよ、みーちゃん。居住区とスラムの際でねー、今は新しいアパルトメントかなんかが建ってる、外周百六十六丁目」 平然と答えながら、またもフルーツケーキに手を伸ばす、タマリ。 「外周百六十六丁目…」 外周というのはスラム地区の正式名称で、居住区とスラムの間には大路ほどではないがやや広い道があるだけで、それが境界になっている。タマリがミナミに告げた地番は都市の中心である城から九時の方向、ハルヴァイトが以前住んでいた外周六十四丁目とは、まるで反対の地区だった。 なら、ふたりは面識がなかったと思っていい。実際タマリとハルヴァイトが知り合ったのは、警備軍に入ってからなのだし。 「………タマリを「保護」したのって、誰?」 クッションを挟んだ向こう側でケーキをぱくついているタマリに、ミナミは声を潜めて尋ねた。本来ならあまり思い出したくないのだろうが、今は…知りたい事がある。 ミナミのダークブルーが、フォークに突き刺したケーキをもぐもぐしているタマリを見つめる。それに彼は、やたらリラックスした気配でなんの呵責も気負いもなく、「んー」と暢気に答えた。 じっ、と、ゆっくり色彩の死んで行く最中の緑の瞳で、ミナミを見つめ返し。 「当時の第一小隊です。先代ミラキ卿つうのか。全員一緒だったよー、あの時はね。もしもアタシが意識的に「アゲハ」を臨界に戻せなければ、成敗される運命だったのかもね」 生かされるか、逝かされるか、だった。 「それで、ガン卿と仲いいんだ」 「だいたいちょーは迷惑してんだろうけどさぁ。当時ね、最初にアタシを「保護」するのはダイアス隊長のはずだったんだけど、それは拒否されちゃったの。で、お屋敷に面倒見てくれる人が、ママちゃんだね、ちゃーんと居るって理由で、グランぱぱんトコ預けられた」 「先代ミラキ卿が、拒否した?」 嫌がった。 なぜ。 「つうか……、同居人に断られたらしいって後からママちゃんが教えてくれたのよ、実はね。アタシ、ダイアス隊長に嫌われてるんだとずーーっと思ってて、見た目怖そうなひとなモンで、知らないうちにびくついてたのね、きっと。それで、なんか口止めされてたみたいなんだけど、今より遠慮深いタマリさんが小さくなってるのを見て、ママちゃんタマリの事かわいそうになっちゃったのね。それで、ハーディー魔導師が何か…何かね? 昔の事思い出すからタマリの事見てらんないって言ったって、教えてくれたの」 一瞬、リビングに嫌な空気が降りる。 「ハーディー魔導師も突然変異だったんですよ。どういった経緯で魔導師になったのかは当時の関係者に緘口令が敷かれていて、今も、知っているだろうエスト卿やガン卿だって教えてくれませんけどね。 それと関係あるんじゃないですか?」 まるでそちら側の話しなど無関係だとでもいうような顔で優雅にお茶を楽しんで(?)いたハルヴァイトが、誰とも無しに言う。 「うん、それね、タマリもローぱぱから聞いた。それ以上詳しくは教えてくれなかったけどさ」 敷かれた緘口令。何かを知っているのに話せないローエンス。エルメス・ハーディーという得体の知れない、魔導師。 ミナミはじっとティーカップを睨んだまま、口を閉ざした。 背中がむずむずするような、酷い違和感。解決して欲しい。ハルヴァイトとドレイクを調べようとしてダイアスに行き着くたびに出て来る、エルメスという名前。 ミラキ邸に住んでいたという。 ドレイクが懐いていたという。 ウォルが好きだったという…。 姿も定かでない、男。 「どんなひと?」 「あん? 誰が?」 「その、ハーディー魔導師って、どんな感じのひと?」 「「「感じ???」」」 ティーカップを睨んだまま言い放ったミナミ。それに対して奇妙な返事をしたのはなぜか、タマリとアリスとレジーナだった。 質問したミナミの方がそれに当惑し、顔を上げてタマリたちを順番に見回す。マーリィはエルメスを全く知らないらしく、こちらもミナミと同じようにきょときょとした。 タマリとアリスとレジーナは、それぞれ何か言いたいような、何を言っていいのか判らないような顔でお互いに視線を送り合っている。 少し考えて、それで何か思いついたのか、かなり難しい顔ながらも、ようやくタマリが口を開く。 「ううーーーー。どんな感じ? って訊かれると、答え難いんだけど? みーちゃん」 「そうねぇ。どんな外見? って訊かれれば、ダイアスおじさまくらい背が高くて、ほっそりしてて、黒髪で、目も黒くて、色は白くて、系統としてはスゥっぽいって言えるけどね」 「ああ、そうそう。すーちゃん系のビジンさんかもだわ。でも、アタシ…あんまハーディー魔導師の顔って覚えてないんだぁ」 「顎まで前髪が長くて、顔の半分はいつも髪の下に隠れてたからじゃないのかい? それに、当時の第一小隊は殆ど今の特務室みたいなもので、魔導師隊のシフトなんか完全に無視して極秘任務に当たってたからね、訓練中のタマリはあまり顔を会わせなかっただろうし」 だから、彼らがいなくても面倒を見てくれるグランの妻にタマリは預けられたのだ。 「ところが、なのねぇ」 「そう。これが「どんな感じ?」となると、話は変わるのよ、ミナミ…」 「……ああ、それは、ぼくも同感」 口々に呟き、三人は深く嘆息した。 「よく判らないひと、というのが正直な感想かな」 すっかり短くなってしまったブルネットの髪を軽く掻き揚げて、レジーナが苦笑いする。 「城で顔を会わせる機会が多かったはずのレジーでさえそうなんだもの、ミラキ邸でちょっとすれ違う程度のあたしなんか、もっと酷いわよ? 何せ、声を聴いた記憶もないわ」 ただし、聞かなかったのではないだろう、とアリスが難しい顔で付け加える。 「…って、つまり?」 「だから、記憶にないのよ。思い出せない、って言うべきかしら」 何か、妙な感じがする…。 「うーん。やっぱそうなんだよねぇ、アタシも。とにかく口数の少ないひとでね、何か喋るときも、ダイアス隊長に小声で囁きかけるのよ。無愛想だとか穏やかなひとだとか、そういう感想まるでないのはでもなんで? ってくらい、なんつうのぉ」 行儀悪くフォークをくわえたままがしがし頭を掻いてから、タマリはソファの背凭れにふんぞり返った。 「薄いひと」 「…………………薄い…」 それは、おかしいのでは? 「でも、ウォルは「優しいひと」で「怖いひと」で「謎なひと」で「厳しかったのかもしれない」って…、あ」 そこまで言って、ミナミははっと気付いた。 「? どしたの? みーちゃん」 「…なんでもねぇ」 ウォルとした、エルメス・ハーディーの想い出話を幾つか繋ぎ合わせる。ミナミの完璧な記憶力ならば、そう難しい作業ではなかった。それで、ミナミは気付いたのだ。 まだ幼い陛下の前に彼が現れるのは、決まって先代に叱られて泣いている時だった。チョコレートを手渡し、頭を撫でて、優しくしながら、傍にいながら、しかし彼は、ウォルに優しい言葉だけではなくいつも同じ「教訓」じみたセリフだけを残す。そして、一度も顕現させる事のなかった、「魔導機」。残された資料によれば、今のローエンスやドレイクを凌ぐ「プラグイン」を操り、ダイアス・ミラキのサポートをし完璧にこなしながらも、彼は一度も「魔導機」を呼び出さなかったという。 結局、曖昧。 だから「薄い」ひと。 「先代ミラキ卿の他でハーディー魔導師に一番詳しいのは、やはりエスト卿だと思いますよ。同じ制御系で、同じ小隊にいたくらいですし」 相変わらず関心があるのかないのか判らない口調で、ハルヴァイトが呟く。 「…こういう時に口を挟んでくるハルっていうのは、なんとも不気味だな…」 「つか、なんでそれに関心してんだよ…」 思わず唸ったレジーナに、ミナミも思わず突っ込んだ。 「って突っ込んでる暇じゃ…。?」 ねぇっての。と言いかけたミナミが、慌ててズボンのポケットから通信端末を取り出す。 「はい? アイリーで…」 『アイリー次長、余計な挨拶は抜きだ。そこに、ガリューは?』 画面の立ち上がりを待つのももどかしげに、きびきびした声がスピーカーから飛び出して来る。それに「ハスマ卿だ」とレジーナが小声で周囲に告げると、ミナミは小さく頷いて、「います」とだけ答えた。 『場所は』 「フェロウ邸です」 『承知した。では、三十分でそちらに伺う』 ものの数秒で用件だけを伝え、ウィドは一方的に回線を切断してしまった。 「はぁ、相変わらずなんだ、ウィドぱぱったらさ。にしても、貴族会に出席してんじゃなかったっけ? なのに、城の大広間から三十分とは」 早い? 「手間取ってるね、ウィドぱぱのくせに」 「でも、タマリさん? 城からここまでは二十分以上かかりますよ? まだ貴族会が続いているのだとしたら、十分早いと…」 「あ、違うの、まーちゃん。違う違う」 それまで絶対に放さなかったフォークをやっと皿に戻したタマリが、ハーブティーを手に取りながらにやにやと笑う。 「ああいう口調で連絡して来る時のウィドぱぱは、「仕事」してる時なんだよ。 で、仕事してる時のウィドぱぱはね、ありったけの…それこそ汚い手だって平気で使ってさ、必用な「情報」を短時間で正確に集める事が出来んだわ」 はしたなく(?)もずるずると音をさせてハーブティーを啜るタマリの口元に、微か意地の悪い笑み。無言で見つめて来るミナミを見つめ返し、彼は静かに囁いた。 「でー? みーちゃんはタマリさんに内緒で何をしよってのかな? ん? 正直に白状しちゃいなよー。なんなら、アタシが手ぇ貸してやってもいいしぃ」 凍り付いてしまうような、冷たい視線をミナミに…突き刺し。 「…………」 ミナミが答えに詰まる。レジーナも、アリスも、マーリィも動けない。なにも、と言い返せない。帰ってくれと…言い出せない。 「最悪、投獄か強制労働区行きですけど、それでも仲間に入ります?」 だから、答えたのはハルヴァイトだった。 「あはは、そんなん今更なんで怖がるひつよーあんのかな、アタシにさ」 「では、「ミラキ家」断絶でも?」 「…………………」 手にしていたティーカップをサイドテーブルに置いたハルヴァイトが、ゆっくりと立ち上がる。淡い水色のシャツを着崩し、肩より長い鋼色の髪を背中に垂らした彼は、ゆっくりと、ゆっくりと、ゆっくりと口元に笑みを刻みながら、倣岸に腕を組んだのだ。 タマリを鉛色の瞳で見つめ。 「あーーーん、っとね」 ふう、と短く溜め息を吐いてカップをテーブルに戻したタマリが、ソファの背凭れを軽やかに乗り越えて床に下り、わざと芝居ががかった仕草で身体にぴったりしたズボンの埃を落とすマネをした。 「それ、なんだけどさ」 姿勢を正し、顔を上げ、頭ひとつ以上高いところにあるハルヴァイトを睨み返しながらタマリは、つんと毛先の跳ねあがったショートボブを掻き揚げた。 「そんなマネしようってんなら、アタシが絶対に阻止する。あんたら全員投獄されるハメになって、あんたら全員がアタシを怨んでも、憎んでも、アタシは、ミラキの名前が消えるのを許さない」 タマリを「救った」、ダイアス・ミラキの「もの」だから。 「ドレイクがそれでも構わないって言っても、アタシが許さない」 それが。 「ダイアス隊長は、ミラキの名前を誇りに思ってるって言った」 あの時唯一タマリを護ってくれたものだった。 「判りました。それなら、今のところ一時協定を。正直、わたしは「ミラキ」の名前など消えようがどうでもいいんですが、ドレイクはそう言わないでしょう。 ですから、わたしたちが何をしようとしているのか、タマリが自分の目で確かめればいい。それで、協定を継続するか、破棄して陛下なりなんなりにわたしを告発するかは、ご自由にどうぞ」 「はっはぁ。ハルちゃんのくせによー口の回る事。いいでしょ。そうしましょ。っつー事は? レイちゃんは何も知らないワケ?」 「………最後の種明かしまでは、ドレイクに何も知らせるつもりありません」 「ふーん。ま、それもどうでもいいわ、この際。タマリさんは別にレイちゃんがどうこうってんじゃなくて、従順な奴隷のように「ミラキ」って名前を護りたいだけだしぃ」 おほほほほほほほほほ。 「って、しかしマジでさ、ハルちゃんの割にはよく喋ったわぁ」 それでハルヴァイトとの会話は終わりだとでもいうように、タマリはもたもたとソファの背凭れをよじのぼって座面に戻って来た。降りる時はあんなに機敏だったのになぜ今はこうどん臭いのか…、と無表情に不審がりながらも、ミナミはタマリを監察する。 「あ、それは簡単よ、タマリ。君がミナミに意地悪したからに決まってるでしょ」 「おほ? そーなの? うむー。タマリさんとしてこう、ふつーにふれんどりーにふらんくにらいとでうぃっとな感じを織り交ぜつつも、みーちゃんの企みを暴いて仲間に入れて貰おうひとりじゃ寂しいもん、って程度だったんだけどねぇ」 「つかそれぜってー嘘だろ」 ついでに突っ込む。 「嘘じゃないよーだ。半分くらい出任せだけど」 「そこまで開き直られると、俺も納得しそうだな」 いや、最後まで突っ込んでやってよ、と…苦笑いのアリスは内心深く嘆息した。
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