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ミナミ・アイリー(A) |
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意外。 | |||
三人揃って会議室を出る。ルードは特務室に戻り、ミナミとヒューは自宅へ帰るのだ。 「お気をつけて」 笑顔で見送ってくれたルードに軽く手を挙げ、ミナミたちは非常階段に爪先を向けた。 「とりあえずこれで俺の方はある程度自由に動けるかな」 独り言のように呟いたミナミに、ヒューがわざと肩を竦めて見せる。 「ああ見えてなかなか扱い難そうだがな、ルードも」 「ヒューよかマシだろ」 「お前、実は俺に怨みでもあるのか?」 引きつった笑顔のヒューを目だけで見遣り、ミナミが少し笑った。 「…つか、ヒューの家って拳法の道場なんだっけか?」 先の話を思い出したミナミが問いかけると、ヒューがさも偉そうに頷き返す。 「そうだよ。クラバインとレジーはうちの門下生なんだ。そういえば、レジーが戻ってすぐ二人揃って顔を出したのに、どうしてお前は帰ってこないんだとセイルが電信して来てたな」 「セイルって?」 どこかで見た名前だな、とミナミが眉を寄せる。 「セイル・スレイサー」 「ああ……。ヒューのすぐ下の弟だっけか? 調書で見たっけ」 だから、「見た」名前だったのだが…。 「…顔写真貼ってあったけど、似てねぇのな、ちっとも」 セイル・スレイサーは確か、髪も目も茶系の小柄な青年だったはずだ。片や兄であるヒューはといえば、派手な顔立ちに銀髪とサファイア色の目で、長身痩躯。 「似てたら俺が驚くぞ。俺とセイルは血が繋がってない」 「え?」 あまりにもありきたりの言い方に、ミナミは一瞬足を停め、きょとんとヒューの横顔を見上げてしまった。 「セイルけじゃない。俺には四人弟が居て、一番上がセイル、その下は双子で、一番小さいのはまだ七歳だが、親父の本当の子供は俺だけ。あとの四人は、道場の前に置き去りにされてたんだ」 それこそ、だからなんだ、とでも言いたげに腕を組んだまま正面を見つめるヒュー。慌てて彼の背中を追いかけて歩き出したミナミがようやく追い付いたところで、ヒューは青年の横顔に視線を落とし、唇を歪めて笑って見せた。 「弟たちはみんなそれを知ってる。でも俺達は家族で、「かわいそう」じゃない」 薄暗い非常階段を下りながら、ヒューの独白は続く。 「弟達だってそれなりに苦労してるのかもしれないが、親父は俺を特別扱いしたりしないし、弟達に遠慮したりもしない。最初のセイルが拾われた時俺は親父に呼ばれて、これはお前の家族なんだからなと言い聞かせられて、その上で、血の繋がりがないからといつか弟が拗ねた事を言ったなら、それは親父と俺の責任だとも言ったよ」 普通の家で普通に育った庶民だ、とヒューはよく言う。 「俺もそう思う」 しかしミナミはヒューを、立派な武道家だと思った。 「まぁ、多少貧乏させてるのは親父の甲斐性がないせいで、俺のせいじゃないがな」 最後を苦笑いで締め括ったヒューが突き当たりのドアを開けると、エントランスホールに満ちていた柔らかな光がミナミの足下に落ちた。 「血の繋がりがあっても無くても、家族になるのは難しい事じゃない」 端正な顔に浮かんだ、仄かな笑み。 「…うん。そうだな」 ミナミの小さな不安が、光の粒子に飲まれて消えた。 「じゃぁ、俺、次の登城二週間後だから」 「ああ。それまでにこっちの体勢も整ってるだろう。 ゆっくり休んでおけよ、ミナミ。登城し始めたら、そうそう…ガリューと同じに休暇も取れないぞ。何せお前は、正式な衛視なんだからな」 ちょっとからかうようなヒューの笑顔に短い笑みを投げかけたミナミは、足早に本丸を後にした。
見なれた街を歩く。 途中、官舎通用口の前で部下に会った。 立ち止まって、少し話をした。 彼はミナミが特務室に復帰する事と、ハルヴァイトたちが除隊にならなかった事をとても喜んでくれた。 軽く手を振って別れた。 家に帰ろうとして通りに目を向けたミナミは一瞬だけ戸惑うようにそれを見つめ、ヒューの言った言葉を思い出した。 半分は他人のために。後の半分は自分のために。自分も、この世界のひとつ。 電脳陣を、思い出した。 円。真円。サークル。それは関わりあっていないように見えて、目視出来ない別の部分では繋がっている。 ハルヴァイトとドレイクとアンがしてみせたように。 攻撃系の魔導師に制御系の魔導師が必要なように。 自分のようだと思った。 誰かと誰かのようだと思った。 この世の全ては臨界の理に則っている。 「……違うか」 呟いて、ミナミは雑多に人の行き交う通りに踏み出した。 「臨界が、人の世の理から逸れてねぇだけだ」 妙に落ち付いていた。
ミナミは、観察者だった。
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