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デリラ・コルソン(@) |
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ありがとう? | |||
地下演習室入り口の前に突っ立っていたヒューとミナミを押し退けて…ヒューは文字通り押し退けられたが、ミナミは咄嗟にその腕を躱わし横に二歩も退去した……室内に入って来たのは、間違いなく電脳魔導師隊の制服を着た小柄な人物(…)だった。背丈はミナミよりも小さく、もっと華奢で、毛先のつんと跳ね上がったショートボブに微風を巻き起こしそうな長い睫にペパーミントグリーンの大きな瞳をくるっくるさせたそのひとは、まるでなんの衒いもなくこつこつとブーツの踵を鳴らし、アリスとアンの正面まで進んで、やっと足を止める。 「久しぶりっ。アリちゃんは相変わらず無駄にビジンだし、アンちゃんはやっぱり小粒でタマリ安心しちゃった」 てへ。 薄気味悪いほど愛らしい笑顔で晴れやかにそう言い、そのひと…タマリ・タマリ魔導師はやっと、唖然としたままのミナミとヒューを振り返った。 「んで? なんでここに衛視なんか来てんのさー。アタシは用事ないんだけど」 「…タマリに用がなくても、衛視の方には用事があるって事でしょ」 「? 見学かい? だったら黙ってブースにでも引っ込んでろってば。うざってぇっつの」 内容は物凄くナンだが、口調はまるで気に触る要素もないほど軽やかで、声は細くて甲高い。 しかも。 「あ。でもよく見たらけっこー男前さんがいんじゃん。自己紹介しなよ。アタシに」 常に笑顔。 ミナミは無表情にタマリを見つめていた。さっき特務室で資料に目を通したところ、彼は、そう、確かに「彼」のはずなのだが。 「マーリィとキャラ被ってる…」 思わずそう呟いてしまったミナミを、アリスが睨む。 「やめてよ、ミナミ。これのどこがマーリィと被ってるって言うの!」 「? まーちゃん元気してんの? つか、アタシと同列に押し上げて貰ってんのにその言い方はなんじゃぁ!」 ビシ! と安っぽい音声付きでアリスの脇腹に本気の肘撃ちを突き刺そうとしたタマリの腕を、アリスが素晴らしい反射神経を発揮して上空に跳ね上げる。 「基本が問題よ、基本が! 大体、その媚びた顔つきはなんなのよ、君は。二年も会わないからどうにかなってると思ったあたしが間違いだったわ」 「どーにもなる訳ないじゃーん。ばっかじゃないの、アリちゃんたら。 たった二年で人間の根源変わるくらいなら、そりゃ最初(はな)から偽だったんでしょって」 「……………」 殆ど掴みかかるような勢いでアリスに噛み付くタマリ。それをじっとあの観察者の瞳で見つめているミナミの横顔を盗み見ながら、ヒューが微かに口元を歪めた。 一年で劇変した人間を知っている。 では今の彼が本質なのか、それとも以前の彼が本質で今が偽なのかは、判らないが。 ……とにかく。 「目先の問題をどうにかしよう」 今度は本気の溜め息混じりにヒューが呟き、ミナミは頷いた。 「旧交を深め合っているところ悪いが、タマリ魔導師」 「あ? ああ。いいのいいの。こんなん旧交でもなんでもないから。だってさ、アリちゃんアタシよっかビジンで憎たらしいんだもん、意地悪よ、意地悪」 ……本当にこれが…。 やたらからからと楽しげに笑うタマリに顔を向けたまま、ヒューがまたも溜め息を吐く。 「ゴッヘルが魔導師を辞めた理由は、相棒が悪かったからじゃないのか?」 「うお! ちょっとツラがいいと思って好き勝手な言ってんじゃねぇってんだよ、そこ! つかアンタ誰? 衛視のファンはいらないのよ、タマリ」 「安心しろ、お前のファンにはなれそうもない」 「…とか言いつつ、いいカンジに会話成立してんじゃん。実は意外に気ぃ合う? ヒュー…」 「やめてくれ…ミナミ」 顔を背けて盛大な溜め息を吐いたヒューに、肩を怒らせたタマリがづかづか歩み寄ってくる。その黄緑色の髪といい、愛らしい印象の小さな顔と華奢なシルエットといい、タマリは、どこからどう見てもマーリィばりの…美少女にしか見えなかった。 でも、立派な成人男子である。 摩訶不思議。 「おい、こら、衛視! 目ぇ逸らしたら引っかくぞ! タマリ肉食獣系だし」 にゃ! と本当に意味不明の叫びを上げたタマリに顔も向けず、ヒューはぶっきらぼうに言い放った。 「衛視じゃなく、ヒュー・スレイサーだ。王下特務衛視団警護班班長、ヒュー・スレイサー」 「んんんん?」 ヒューの眼前でぴたりと停まったタマリが、きょとんと彼を見上げる。 「なーんで警護班の偉いのが、陛下もいないここにいんのん?」 「こちらの、王下特務衛視団準長官ミナミ・アイリーの護衛任務中」 「ミナミ…アイリー?」 ミナミの名前を確かめるように呟いたタマリは、ペパーミントグリーンの双眸だけをきょろりと動かして、ヒューの少し後ろに立っているミナミをじっと見つめた。 じっと。探るように。確かめるように。 「…………………ふうん」 素っ気無い返答に、ミナミが会釈を返す。 「ほーーー。綺麗なコだね。…聞いた通り」 聞いた通り。というタマリの言い方に、ミナミはなんの反応も示さない。 「始めましてっ。お近づきの記しに、ぎゅってしてちゅーしちゃうっ!」 その完璧な無反応が面白くなかったのか、タマリは一瞬だけ満面に意地の悪い笑みを浮かべるなり、佇むミナミにいきなり飛びかかろうとした。しかし「アイリー次長警護任務」中のヒューが、一歩以上後退したミナミとタマリの間に無駄ない動きで割り込み、それと殆ど同時にタマリの背中をアリスが鷲掴みにして、引っ張り戻すのと同時に踵を蹴り払ったため、結果的にタマリは、胸から床に叩きつけられてうつ伏せに倒れるハメになった。 「うっ…、ううううううううううう。いったぁぁ」 「よかったわね。痛いって事はね、タマリ? 生きてるから痛いのよ」 「ああ。まったくだな」 「うううううう!」 演習室の床に倒れたまま、唸るタマリ。 「疲れたなぁ。帰りたいなぁ。もう」 一連の騒動を少し離れて眺めていたアンががっくりと肩を落として呟くと、アリスとヒューが、苦笑いを含んだ視線を少年に向けた。 「君が帰ってどうするのよ」 と言ってしまってから、アリスはふと、ヒューの背中に隠れて見えないミナミがやけに大人しいのに首を傾げた。 突っ込み所だろうに…。 「…………ミナミ?」 アリスは、タマリの背中を踏みつけて、ヒューを押し退けて、その場に硬直しているミナミに駆け寄った。 ミナミは俯いている。あのダークブルーの双眸を見開き、床の一点を見つめている…。 「ミナミ!」 アリスが悲鳴を上げるのと同時に、アン少年が演習室から飛び出そうとした。 「あ。ごめん…なんでもねぇよ。いや…嘘じゃなくってさ、ホントに、大丈夫。でさ、タマリさんに質問あんだけど、いい?」 「「え?」」 怯えてはいない。震えてもいない。というよりも、何かに気を取られていたのだろうミナミが平然と顔を上げてタマリを呼んだのに、ハルヴァイトを探しに行こうとしていたアンとアリスが、拍子抜けした顔を向ける。 ミナミは、うつ伏せになったまま顔だけを上げたタマリを見つめていたのだ。 「俺の事、誰に聞いたの?」 観察者の瞳で。 「うにゅ? あー。言わないと仲良くしてくんないのー? みーちゃん」 「みーちゃんて…誰だよ、それは…」 ダークブルーの双眸で。 「…って事ぁさ、口止めされたんだ」 「うん。ま、おおよそ思った通りのひとだと思うけどー」 全てを、見透かす…。 「判った。どうもありがとう」 そこでミナミが、やっとタマリに笑って見せる。その笑みは薄い唇に微か浮かんだだけだったが、タマリは腹ばいのまま少し照れたようにぱりぱりと頬を掻き、てへへ、と少女っぽい顔に似合いの屈託ない笑顔を返した。 「んで? みーちゃんはどこ行くのさー。折角打ち解けたってのにぃ」 腕の力だけで跳ね起きたタマリが、今度は床に座り込んだ姿勢で首を傾げる。 ミナミは、タマリの笑顔を受け取ってすぐに歩き出したのだ。壁際の監視ブースに向かって。 「? さっきうざってぇつってたから、どっか行こうかと思って。それに、俺とヒューは「様子を見に来た」だけで、関係ねぇつえばねぇし」 今日ここでアンが魔導師に昇級したりすると無関係とも言えないのだが、それはあくまで明日以降の話しであって、今日ではない。 「べっつに、邪魔んなんないならそこらで見てていいんじゃないー? ねー、アリちゃん」 無駄に笑顔。 「模擬戦闘でもないしね」 アリス、勢い笑顔で返答。 「ここ、本当に魔導師隊の施設なのか?」 タマリとアリスだけを見ていると、なんだか違う空間のようにも感じる…。 「ところでタマリは、大隊長のところに出頭しないの?」 「しないよー。つうかね。疲れるからフィールドで顔会わせるだけでいい、とか言われちゃったん」 にゃははははは。 判る。とミナミは思った。ヒューも。アリスとアンは慣れていたから、だろうな、と納得した。 「でもさー、まさか二年で呼び戻されると思ってなかったのよね、アタシ。ちょっとばかし驚きだわ」 ぱたぱたとスラックスの埃を叩きながら立ち上がったタマリが、大きく一回伸びをする。その時、色褪せた緑の双眸で刹那だけミナミを射竦め、すぐ、陽気なきんきら声に隠してしまった「タマリ・タマリ」という人の真相を、ミナミは「魔導師だ」と判断した。 魔導師。魔導機を操り、陛下にも傅かず、常識の範疇外に居る…だけではない。 ミナミにとっての「魔導師」とはつまり、あのハルヴァイトに代表される。
全てを高速処理し、世界をデータに振り分けて、その上で「世界」を掌握する。
「どーいった心境の変化なのかーとか気になる事もあんだけどぉ、それはゆっくり追々こってり問い詰めるとしてー」 「…ゆっくりじゃねぇだろ、それ。しかもスゥさんの…」 「すーちゃんからじゃないからいいのよ、いいの。だって、すーちゃんいじめたらかわいそうじゃないのさー。あんないいコいないよー。しかも魔導師なんかやってんのにあそこまで育ちのいいぼっちゃん、珍しいもん」 「………それは言える」 迷ったものの答えてしまってから、ミナミは無表情にヒューを見上げた。 「つか、笑うな、ヒュー。命令」 「…失礼しました、アイリー次長」 などと真顔で答えつつも今だ笑いたそうなヒューを蹴飛ばそうかどうかミナミが本気で考え始めた頃、またも、演習室のドアが開いた。 「お」 「あ」 「「久しぶり」」 いつものようにやる気なく、いつものように飄々と顔を覗かせたデリラが気軽く手を挙げて、同じようにタマリも気安く手を上げて、同時にそう言う。 「二年ぶりかね」 「そだよ。でも、最後にアタシが見たデリちゃんはさぁ…………」 タマリは、笑っていた。 「死ぬんだなー、こいつも結局。って感じだったけど」 彼は、笑っている。 ようやく監視ブースから姿を見せたスーシェと見知らぬ少年ふたりから目を離さずに、タマリは、ただただ薄っぺらく冷たく、笑っているだけだった。
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